file.4 手がかり発見

「次は一番目が分かりやすい位置にいますね。自然公園の入り口です」

「少し離れているね」


 チラリと視線を送るだけで、優秀なワトソンは次の行動をしていた。


「タクシーの配車は完了しています。あと三分ほどで到着予定です」

「ありがとう、さすが優秀だね」


 電子デバイスを使用しない俺の代わりに、ワトソンが素早く俺名義のデバイスでタクシーを手配する。


 ワトソンが使用するスマホやパソコンなどはすべて俺名義だが、俺は一度も触れたことがない。ことごとく避けて生きている。


 だけどあるのが当たり前の世界でその生き方は生きづらい。ワトソンが電子デバイスを代わりに使用してくれる優しいアンドロイドで良かった。


「マスター、ジャケットは脱がないんですか? 羽織るだけなら脱げばいいのでは? お持ちしますよ。見てるだけで暑苦しいので」


 そう言うワトソンは、スリーピーススーツなのにジャケットを着用せずベストだけを着こなしている。


「いつも言ってるでしょワトソン、このジャケットは雰囲気作り。流石にローブを着るメンタルはないから、せめてチェックのマントみたいなものを身につけたいんだよ」


 だって探偵だもの。


「マスターは探偵業をたまにごっこあそびと混合して考えてますよね、勤勉に働くサラリーマンの皆様にそろそろ誠心誠意謝罪が必要では?」

「探偵助手なのに勤勉サラリーマンの味方するの? 変わり者だね」


 タクシーが来るのを現在地で待機していると、早いものでもう三分が経ったらしい。派手な黄色の車体が俺たちの方へ向かってきている。


「目的地をインプットしてください」


 自動で開くタクシーの扉。


 その中には運転手はいない。運転席にはハンドルと大きなモニターのみが存在し、そこから電子音声が聞こえる。


「自然公園まで」

「承知いたしました、扉が閉まりますのでご注意ください」


 後部座席に乗り込み、目的地をタクシーに搭載された人工知能に伝える。


 そして、搭載されたカメラで俺の生態を認証した。


 すると、ゆっくりと安全な自動運転で目的地へと進み始めた。


「運転手付きの車は最近ほんとうに見なくなったね」

「余計なトラブルに巻き込まれることもありませんし、合理的ですね」


 確かに運転手が乗客に絡まれ事件に巻き込まれることはなくなったが、どうも風情がなくなったと思う。


 データで個人情報と支払いを管理して支払いトラブルも皆無。そこはいいと思う。


 ワトソンが言う通り、合理的な社会だ。でもほんとうに風情がないな。


「運転始めてもう長いんですか?」

「……」


 声が空へ溶ける。


「この周辺でおすすめの飲食店に詳しそうですね」

「……」


 また俺の声は運転手に拾われずに消えていく。


「ワトソン、やはり運転手はいたほうがいいよ」

「今どき運転手と話したがる人なんてマスターくらいですよ」

「はぁ……毎度思うが俺の知っている社会じゃなくなったなぁ」


 昔の方がよかったなんて、じじくさいことは言いたくないなぁなんて思いつつも、気づけば言語化してしまっていた。


 スムーズに進む無人タクシーから夜景と、窓に反射するワトソンを見ていると、スーッと停車してエンジンも止まった。


「もう着いたみたいですよ」

「みたいだね、早速迷い猫を見つけに行こうか」


 目的地についたら事前に登録している俺の口座から運賃が引き落とされる。それをアプリで確認して、さっそく自然公園の中へと歩いて行く。


「ふむ、カップル多いね」

「大きな公園はデートに適しているのでは? 私はそう学びました」

「大人は高層ビルで夜景の見えるレストランからホテルへ行くものだと思っていたけど、案外高校生みたいなデートをするときもあるんだね」


 見渡せば、みるからに高校生のようなカップルがイチャイチャしているのが目につくが、中にはインテリな感じの大人カップルも多く見受けられる。


 案外エリートは自然デートを楽しむらしい。


「恋人のいないマスターにこの話題と、この場所は酷ですね。早急に目的を果たして撤退しましょう」

「その憐みの目やめてくれる?」


 慈しむように俺を慰めるワトソンは、会話の節々に猫語を交えながら仕事をしている。


「それに恋人なんていても、自由がなくなるだけだよ。あえて作らないんだよ、俺はね」

「負け犬ほどよく吠える、学んだ通りですね」


 誰が負け犬だ。


「マスター、対象を発見しました」

「足に黒い模様があるね、猫違いだね」


 ワトソンが発見した対象の猫だが、よく見れば前足にすこし黒く個性的な模様がついている。


 さんまくんにはない特徴だし、こっちを警戒する様から、人なれしていない根っからの野良猫だということが推察できる。


「ここは無駄足だったみたいですね、すみません」


 自分がピックアップした猫が見当違いだったからか、謝罪するワトソン。どこまでもまじめなアンドロイドだ。


 俺なら知らないふりしてごまかすね。


「ワトソン、どうやら無駄足ではないみたいだよ」


 近くの木の周辺で談笑している二人組の女性。その一人のスマホの画面がチラリと視界に入る。


「見つけたのですか?」

「手がかりをね」


 そよそよと吹く風に髪がなびく女性に、俺は警戒されないようによそ向きの笑顔で近づく。


「突然すみません、その猫……どこにいますか?」


 野良猫の写真を見てはしゃいでいたのに、俺が話しかけた瞬間にテンションはお通夜レベルまで下がっている。


「え、と……テレビ局の入り口前にいましたよ……?」


 あまりの俺の美貌に驚いたのか、言葉に詰まりながらも親切に教えてくれる。


「教えていただきありがとう。探していてね、助かるよ」

「は、はぁ……良かったです」


 連れに助けを求めるかのように視線を向けているが、連れもどうしていいか分からないのだろう。おどおどとしていて、しまいには俺に向けて愛想笑いをしながら固まっている。


「教えていただいたお礼にこれでも」

「かつお……節?」

「おっと失礼」


 懐から取り出した削る前の鰹節に困惑する女性の怯えた表情を見て、俺はわずか一秒ほどで自分が危険人物として認識されていることを察した。


「マスター、いきなり不審者から鰹節を渡される怖さを考えてください」


 今にも通報されそうな雰囲気を察したのか、ワトソンは颯爽と助けに入ってくれる。


「怪しいものとは思いますが、一応探偵なのでご安心を。私は助手のワトソンです」

「探偵……」

「ええ。何かお困りごとがございましたら、お気軽にご相談ください」


 このアンドロイド、しれっと営業している。


 携帯している名刺をスーツから取り出して渡すワトソンは、俺より探偵していると思う。名刺を受け取った女性も、なぜ助手が名刺を渡しているのかを疑問に思っているような表情を浮かべていた。


「では私たちはこれで。談笑中のところ、失礼いたしました」

「あ、いえいえ。ご丁寧にすみません……」


 丁寧に頭を下げてからつかつかと去っていくワトソンの背中を追う俺は、女性たちに一言残す。


「良い出汁取れるからよかったら使ってみてね」

「は、はぁ……ありがとうございます」


 老舗料亭から取り寄せた高級品だけあって、舌触りのいい上品な出汁を取ることができる。特に定められた手順などもなく、なんとなくで作業してもプロ顔負けの仕上がりになるため、一般家庭でも本格的な料理が楽しめる。


 そうホームページに記載があった。

 つまりあの女性たちがもし料理下手でも多分美味しくできる。そんな一品。探偵として当然のギフトセンスだと我ながら思う。


「マスター、配車完了しています。乗ってください」

「さすが、仕事が早いね」


 恐らく名刺を渡している最中に同時並行で配車の手続きをしていたのだろう。マルチタスクの鬼だね。


 すでに俺の前に停まるタクシーに乗車すると、バタンと扉が閉まる。


「テレビ局まで」

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