第49話 聖剣と凍結

 武闘会は順調に進んでいく。


 俺は二回戦のあと、三回戦も無事に勝利を収めた。

 残念ながら俺の相手はリオンやクロエじゃない。ただのモブ。

 あの二人は、何の因果か俺の代わりにぶつかることになった。


 それは準決勝、第三回戦。

 対戦カードに選ばれた二人が、訓練場の中央に集った。


「ふふ。まさかわたくしの相手があなたとは思いませんでした。本当ならオニキス様が下すべき裁きを、特別にわたくしが与えましょう」

「……俺は負けない」


 にんまりと笑うクロエに対して、どこか陰のある表情でリオンは答えた。


 ここ最近でめきめきと実力を伸ばしている二人。どちらが勝つのか、正直俺は解らなかった。


 普通に考えればリオンだが、クロエもまた伸びている。

 個人的にはクロエに勝ってほしいが、果たして結果はどうなるのか。


 距離を離し、剣を構える二人。

 その間で、審判役の男性が腕を振り上げる。


 観客席の声が消え、一度静寂に包まれて——試合が始まる。


「始め!」


 審判役の男性が腕を振り下ろした。

 直後、リオンが動く。


 素早く地面を蹴ってクロエに接近した。

 しかし、彼女はその動きを予め読んでいた。

 前方に冷気が放たれる。


「甘いですわよ、平民」


 彼女のスキルは凍結。その束縛に捕まれば、いかに主人公でも脱出は難しい。

 何より、仮に脱出できてもテンポが遅れる。

 クロエほどの実力者を相手に、一秒の遅れは致命的な結果を招きかねない。


 それを理解しているリオンは、迫る冷気を——横に避けた。


「なっ⁉」


 ステップの要領でリオンが移動する。

 その光景にクロエが驚いた。


 完璧なカウンターかと思っていたのに、それをあっさり避けられたのだ。無理もない。


 だが、いまの反応速度はあまりにも速すぎる。

 おそらくリオンのほうもクロエがそういう対策を取ってくるだろうな、と予測をつけていたのだろう。

 互いに相手の能力や手のうちを知ってるからできた攻防だ。


 さらに地面を蹴ってリオンがクロエの目の前にやって来た。

 速度はリオンのほうが速い。身体能力もリオンが上。

 だからこそクロエはスキルによる牽制を行いたかった。


 こうなると、少しばかりクロエが苦しくなる。


「くぅっ!」


 リオンの鋭い斬撃がクロエを襲う。


 クロエは持ち前の技量でそれを捌くが、徐々に後ろへ押されてピンチになる。


 このまま密着されると普通に負けるぞ。クロエは剣術スキルを持っていない。近接は完全にリオンの距離だ。


「な、舐めないでください!」


 クロエが魔力を放出する。

 自分を起点に、円状に冷気を放った。


 俺も見たことがないスキルの使い方だ。

 たちまちのうちにリオンの体に霜がおりる。


「なるほど。範囲を広げて効果を落としたのか」


 実に利に適った使い方だ。


 凍結スキル自体に威力は必要ない。範囲を広げて効果を落としても、相手の動きを遅くできる。


「さあ、今度はわたくしの番ですよ!」


 攻防が逆転する。

 剣術スキルを持たないクロエだが、凍結により動きが鈍ったリオンへ果敢に攻撃を打ち込む。


 悪くない。ギリギリ勝負になっている。


 追加で冷気を放ちながら周囲を凍らせていき、徐々に自分が有利な地形も作っていた。


 このまま戦況を維持したまま攻撃を続けられれば、おそらくクロエが勝つ。

 あくまで、状況を維持することができれば——の話だが。


「……チッ」


 舌打ちをしてリオンが一度大きく後ろへ跳んだ。

 追撃しようとクロエは追いかける。


 だが、直後、リオンの膨大な魔力が放出された。

 俺はそれが何か理解する。


「きたか、聖剣スキル」


 原作主人公リオンの最強最大のスキル。


 あらゆる困難をともに超えた浄化の剣。

 物語の進行次第でその性能は変わる。


 いまの時点ではさほど威力は高くないが、クロエを倒すには充分だろう。


 魔力が黄金の光へと変わり、それがリオンの左手に集束される。

 徐々に光は剣の形を描き、やがて固まる。


 まぎれもない主人公のためのスキルが発動した。


「きましたね。前に訓練場で見ましたわ。もの凄いスキルだこと。平民には似合いませんねぇ」


「うるせぇよ。お前ら貴族なら似合うっていうのか? どうせ俺ら平民がいなきゃまともに生活もできねぇくせに」


 右手に持った木剣を捨てる。左手の聖剣を右手に持ち直し、構える。

 その鋭い視線には、クロエに対する殺意すら籠められていた。


「ふうん。あなたがオニキス様を目の仇にする理由がなんとなく解りました。ですが、それは私怨。しかもわたくしたちには関係のない話。やめてくれません? そういうの」

「関係ないわけあるかよ。俺はお前ら貴族を絶対に許さない。ここで、俺のほうが優秀だってことを証明してやるよ。精々、先に負けた連中と同じように悔やむんだな。自分の弱さを!」


 リオンが地面を蹴る。


 全力で聖剣を振った。

 対するクロエは、魔力の放出量を上げて前方に氷の壁を作る。


 攻撃と防御。二つのスキルがぶつかった。


———————————

あとがき。


書き直すことになった新作「俺の悪役転生は終わってる」。

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