第45話 魔眼の制限

「おはようございます、オニキス様」


 武闘会当日。教室に足を踏み入れた俺に、クロエが挨拶してくる。


 俺も挨拶を返した。


「おはよう、クロエ嬢。コンディションは万全みたいだな」


「もちろんです。オニキス様と戦う以上、半端な状態は許されません」


「まだ戦うと決まったわけでもないけどな」


 武闘会はトーナメント制だ。引きが悪ければ最後まで戦わないパターンもあり得る。


 何より、必ず勝つともかぎらない。


 だが、クロエの瞳には俺しか映っていなかった。


 それが慢心にならないことを祈るばかりだ。


「ふふ。確かにトーナメントの位置によっては離れますね。しかし、私は必ずオニキス様以外には負けません。オニキス様は私以外に負けるはずもありませんよね?」


「いや、俺はクロエ嬢にも負けるつもりはないよ」


「!」


 にやりと笑ってそう返すと、クロエ嬢は嬉しそうにはにかんだ。


 それでこそオニキス様だと言わんばかりに。




「お二人ともやる気満々ですね」


「クラリス様」


 俺とクロエ嬢の会話に、サポート役のクラリスも混ざってくる。


 彼女は医療班として行動するため本戦には出ない。出ても攻撃スキルを持たず戦闘能力も低いため意味がない。


「傷付いたら私にお任せください。しっかり治しますから」


「頼りにしてますわ」


「でも、あんまりやりすぎないでくださいね、お二人とも」


「やりすぎる?」


「お二人のスキルを間近で見た私には解ります。手加減しないと死人が出ますね。特にオニキス様は」


「うぐっ」


 クラリスの言葉は正しい。


 俺が全力で攻撃系のスキルを撃てば、まともに成長できていない生徒は一撃で体が吹き飛ぶだろう。


 クロエだってその例外じゃない。


 一番は魔剣禁止だな。出力を極限まで落としても死人が出る。


 リオンが武闘会に参加する以上、また聖剣スキルとぶつかる可能性はあるが、その時は魔眼でクソゲーにしてやろう。


 もう俺の魔眼を封印するメリットはないからな。


「肝に免じておきますね……ええ」


「ありがとうございます。きっと手加減した状態でもオニキス様は勝てますよね」


「はい。俺には切り札がありますから」


「魔眼、ですか」


 クロエが少しだけ嫌そうな表情を浮かべて言った。


 俺のこの魔眼は、すでに学園中で噂になっていた。


 使われれば抵抗力がないとまず負ける。まさにチートの権化。


 理不尽さでいえば、力でゴリ押す魔剣より遥かにたちが悪い。


 なんせ、対抗できるスキルを持ってないと、魔眼を使われた時点で敗北が確定する。おまけに魔眼を回避する方法はない。


 俺が相手を視界に入れれば発動する。透明化や高速移動なども対処できるように思えるが、前にチュートリアルに聞いたかぎり、存在していれば魔眼の効果は発動するらしい。


 ゆえに、透明化では避けられない。動体視力が強化されている魔眼を前に、速度で逃げ切ることも不可能だ。


 では目潰しをすれば可能性がある?


 のんのん。


 残念ながら視界を潰されても瞳の中に映っていればいい。


 見えているかどうかは関係ない。


 ゆえに、ほぼ回避不能。俺がスキルを発動した時点で勝ちが決まる。本当にクソだ。


 ゲームでそんな相手が出てきたらコントローラーを投げて画面をかち割る自信がある。


「むぅ。魔眼を使われれば私も勝ち目はありません。少しだけ、手心を加えてくれると嬉しいですわ」


「まあ、いきなり魔眼を使ったりはしませんよ。それじゃあ誰も面白くありませんしね」


 実は教員たちからも言われていた。魔眼を使ってすぐに戦いを終わらせるのは止めてほしい、と。


 それでは武闘会の意味すらなくなってしまう。


 その意見には俺も賛成だったのでもちろん承諾した。


 俺は大会中、ピンチに陥らないかぎり魔眼は使わない。


 逆に言えば、ピンチになれば魔眼を使うのでほぼ負けはないと思っている。


 問題があるとすれば……リオンか。


 あいつの聖剣がさらに強くなっていれば、俺の魔眼に対抗できる。


 果たしてこの一ヶ月、彼はどんな修行をしたのか。


 少しだけ楽しみではある。


 遠くから校内中に鐘の音が響いた。


 教師が教室に入ってくると、本日行われる武闘会に関しての説明が始まった。


 それを聞きながら、相変わらず暗い雰囲気をまとうリオンの背中を見る。


 不思議と、胸がざわつくのはなぜだろうか?


 俺がシナリオを変えた結果、リオンの人間性まで変化したから?


 だとしたら、その変化は果たしてどのようなルートを辿るのか。


 そもそもこの世界は、すでに俺が知る世界とは違う。




 何もかもが、いまさらな話だった。

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