第43話 恐怖の楔
魔剣に魔力を注ぐ。
赤色のラインが血液のように巡り、黒い剣身が脈打つ。
まるで生きているかのような武器だ。悍ましくもあり、頼もしくもある。
その剣の切っ先を、正面に立った原作主人公リオンへ向ける。
「さあ……ここからが本当に楽しい時間だ」
奴は聖剣を。俺は魔剣を手に構える。
「前に見たな、その剣。恐ろしい剣だ」
「そういうお前は自分が死にかけていたのに聖剣を見せなかったなぁ、おい」
お互いに話しているのは魔物狩りの時のことだ。
あの時、リオンはアリサとともに大型の魔物と戦闘していた。
しかし、こいつは聖剣を使わないまま挑み、あっさりと薙ぎ払われていた。その後は俺が介入したからよかったものを。あのままでは自分の命もアリサの命も失っていたかもしれない。
そこまでして隠した奥の手は、果たして俺の魔剣とどれくらい打ち合えるかな?
「黙れ! 今度こそ、俺は確実にお前を倒す!」
リオンは地面を蹴る。
一瞬にして距離を詰めると、右手に持った聖剣を振った。
浄化の光が迫る。
それを俺は、避けることをせずに魔剣で迎え撃つ。
お互いの刃が衝突し合い、爆発みたいな衝撃を生む。
足元は盛大に砕け、光と炎が周囲を舞った。
結果的に言えば聖剣と魔剣の力は拮抗していた。かなり力をセーブしているが、それでも聖剣の威力は俺の想像どおり高い。
「くはっ! いいな、それ。俺の魔剣と打ち合えるなんて面白いスキルだ」
さすが主人公のスキル。これで相手も全力じゃないんだから驚きだ。
とはいえ、物語の進行とともにスキルは成長する。いまの時点ではこんなものか。
「どうした? もっと全力を出してこいよ。まだ魔力の放出が足りないんじゃないか?」
俺は露骨に相手を挑発しながら魔剣に魔力を注ぐ。
さらなるエネルギーを獲得した魔剣が怪しく光り、熱量が増加する。
俺は魔剣の加護? により熱さは感じない。だが、反対にリオンは滝のように汗をかいていた。
おまけに魔剣の出力が上がったことで、衝撃が発生しリオンの聖剣を押し返し始める。
このままではリオンの聖剣はいずれ俺の魔剣に呑まれる。
必死に踏ん張ってはいるが、時間の問題だな。
「ほらほら、剣にばかり集中していると——懐がガラ空きになるぞ?」
リオンと違って俺には余裕がある。
全力を腕力と脚力に注いでいるリオンの脇腹へ、わずかに腰を落として蹴りを入れた。
これで本日二発目。
衝撃を受けてリオンが後ろに転がった。
「まともにスキルの制御もできないくせに、本当に……本当によく俺に戦いを挑むもんだな」
「くそっ!」
リオンは脇腹を押さえながらもすぐに立ち上がった。
ギラギラと暑苦しい瞳は健在だ。まだ自信も心も折れていない。
ならばと俺は剣を手にリオンへ歩み寄る。
当然、リオンは俺に聖剣を向けるが、その攻撃を今度は避けた。さらに懐へ入る。
「分かるか? お前の攻撃を躱すことは簡単だ」
顔面に蹴りを入れる。リオンは後ろへ吹っ飛んだ。
さらにリオンへ歩み寄る。
血を吐きながらも彼は再び立ち上がった。
俺を睨み、聖剣を振る。
だが、何度剣を振ろうと俺には届かない。防ぎ、躱し、相手の隙に拳や蹴りを入れる。
繰り返しリオンは地面に倒れ、体中を痛めつけられながら立ち上がる。
何度も何度も。
何度も何度も何度も。
顔が腫れ上がり、聖剣を手にしていない左腕は折られ、肋骨も数本いっている。
もはや立ち上がるだけで、わずかに体を動かすだけで激痛が走っているはずだ。
やがて立てなくなり、リオンの心が折れる。
俺を見上げることすら忘れて、彼は涙を流した。
正直やりすぎたかな? と思ったが、これまで幾度となく殺気をぶつけられ、絡まれた代償だ。
むしろ殺さなかっただけ優しいとすら言える。
けど、さすがに幼馴染のアリサがドン引きしそうなので治癒スキルを使ってやった。
みるみるうちに体の傷が癒える。
骨折くらいなら中級治癒でも治せる。問題なく、リオンの体は俺にボコられる前の正常な状態へと戻った。
「な……なに、が……」
いきなり傷を治され、リオンは茫然と俺の顔を見上げた。
にやりと笑って問う。
「どうする? 傷は治してやったが……また、同じくらいボコボコにされたいか?」
「ッ⁉」
リオンの肩が震えた。反射的に後ろに下がる。
その反応を見れば充分だった。奴の心に、俺という恐怖の楔は打ち付けた。
もう雑に絡んで来ることもないだろう。たぶん。
俺は満足げに笑うと、魔剣を鞘に納めて踵を返した。
試合を見守っていたクロエたちがやってくる。
「素晴らしい戦いでしたわ、オニキス様! 願わくば、わたくしにも手出し——ではなく、ご褒美——でもなく、手ほどきをお願いしたいくらいです!」
「邪な願望がちら見えしてるぞぉ」
そもそも今日の訓練は終わりだ。やるとしても明日以降だな。
「でもよかったんですか? 彼の傷を治療して」
「クラリス様がそれを言いますか」
「明らかに無礼な態度でしたからね。多少のお灸は必要です!」
「あはは。でも、アリサのために戻しておきたかったんだ」
「わ、私のため、ですか?」
遅れてクラリスの後ろに並んだアリサが、びくりと驚いた表情を作る。
俺はこくりと頷いて続けた。
「ああ。大切な幼馴染を痛めつけてごめんなさいってね」
本当は反省してないけど。
表面上は取り繕っておくことにした。彼女にまで恨まれたら鬱陶しいからね。
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