第41話 またしてもお前か

 武闘会の開催が一か月後に迫った俺の日常は、色んな意味で慌ただしくなっていく。


 日中は学園で授業を受け、放課後はクロエやノルンカティア会長と剣を交える日々。


 そこに新たなメンバー、アリサが加わるのも必然ではあった。


 彼女曰く、「オニキス様の役に立ちたい」んだそうだ。


 実はアリサも代表生徒の一人。リオンとともに選ばれた。


 俺はアリサの実力を知ってるし、色んなデータを集めたいと思っていた。断る理由は無いのだが……。




「ふうん。確かあなたはアリサさんと言いましたね? あの無礼な平民の幼馴染でしたか?」


 ここで問題が発生する。


 俺——ではなく、俺の周りにいた二人の女性が、アリサに対してやや厳しい視線を向けたのだ。


 その二人とは、クロエとクラリス。


 主に、アリサの幼馴染である主人公リオンの俺に対する態度のせいだろう。


 別にアリサ個人が嫌いなわけじゃない……と思う。


「リオンの言動に関しては私が謝罪します。あいつは必死に強くなろうとしてて、幼馴染の私も関わっていたから、余計にオニキス様を認められなかったんだと思います」


「あなたの謝罪は必要ありません。悪いのは全てあの平民の男なんですから」


 名前を覚える気すらないクロエ。なんだかちょっぴり悪役令嬢っぽい感じになっている。


 それにクラリスも同じだ。優しい彼女にしては珍しく、口数が少ない。


「何やら揉めてるわね、オニキス様」


 そっと俺の隣に並んだノルンカティア会長が、小さく呟いた。


「ええ、まあ。彼女の幼馴染と俺があまり仲良くなくて……」


「リオン、と彼女は言ってたわね。その名前には憶えがあるわ。平民の入学生ね。結構な実力があるらしいじゃない。代表生徒にも選ばれたって聞いたわよ。なんで仲が悪いの?」


「さあ。俺にはなんとも。やたら突っかかってくるんで」


「ふうん。それだけ聞けば理由が分かりそうなものね。どうせ——嫉妬でしょ」


「おそらくは」


 ノルンカティア会長は続けて「くだらない」と吐き捨てた。


「人に嫉妬してる暇があったら、その感情を力に変える努力をしなきゃ。気持ちは分かるけど、平民という身分でありながらオニキス様に盾突くのは感心しないわね」


「学園では皆平等でしょう?」


「ルールとしてはね。けど、そんなものは表面だけ。無礼を働いてもいいというわけじゃないわ」


 うーん……この感じは、ノルンカティア会長までリオンに対して悪印象を抱いてる?


 ことごとくヒロインの好感度が下がっているが、このままでストーリーは進むのだろうか?


 進んだとして、どんな結末を辿るのか。


 少しだけ嫌な予感がした。




 ▼△▼




 その後、ひと悶着あったものの、アリサの参加は認められた。


 誰もがアリサ自身に罪はないと判断したからだ。


 彼女は何度も俺たちにお礼を言いながら練習に加わる。




 前よりアリサは強くなっていた。鋭い剣術に間合いの管理。


 これがヒロインの才能かと思ったが、彼女は「あくまでオニキス様の動きを参考にしただけです」と謙虚に答えた。


 どこまでも俺の影響が強いなぁ。




 そんなこんなで夜。


 外が紺色に染まり、夕食の時間がやってきた。


 そろそろ練習は終わりだとノルンカティア会長が告げると、全員剣を下ろしてホッと胸を撫で下ろす。


「ふぅ。終わった終わった。結構動きましたね」


「そうですね。お疲れ様です、オニキス様」


 ニコニコ笑顔のアリサ。


 今日の最後の相手が彼女だった。


 お互いに一礼し勝負を終える。


 すると、相当疲労していたのか、アリサが自分の足を引っかけて転びそうになった。


 慌てて俺が彼女を抱きとめる。


「おっと。大丈夫かい、アリサ」


「お、おおお、オニキス様⁉」


 一瞬にしてアリサは顔を真っ赤にする。


 怪我はしなかったが、恥ずかしい思いはさせたかな?


 そう思っていると、訓練場の入口から大きな声が聞こえた。




「——ま、また……またお前なのか! オニキス・アクロイド!」




 この声は……。


 誰が話しかけてきたのか瞬時に理解する。


 視線をそちらに向けると、見慣れた顔があった。


 俺より先にアリサが口を開く。


「り、リオン⁉」


 そう。主人公リオンだ。


 鬼のような形相で俺を睨む。そんな俺の懐には、彼女の幼馴染であるアリサがいた。


 まるで彼女を抱きしめるような姿に、リオンの怒りが募る。


「ちがっ、違うのリオン! これはオニキス様が私を助けてくれたからで……」


「分かってる」


「え?」


「どうせやましいことは何もしてないっていうんだろ? もういいさ。そんなことはどうでもいいんだ」


「ど、どうでもいい?」


 リオンのぶっきらぼうな態度に、アリサがややショックを受けている。


 俺は真顔で彼らの話を聞いていたが、びしりと手にした木剣の切っ先をこちらに向けて来た。


 リオンは言う。


「そんなことより、俺は何度でもお前に挑むぞ、オニキス。お前を倒さなきゃ、前に進めない」


「俺に戦えたと?」


「ああ。逃げたいっていうなら別にいいけどな」


「……」


 安い挑発だな。


 本来、彼の挑戦など受けてやる義理はないが、アリサに対する態度にちょっとイラっとした。


 少しだけ、お灸をすえてやろうと思います。




「いいだろう。お前の挑戦を受けてやる」

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