第40話 脳が破壊……されない?
生徒会長ノルンカティア・イグニスとの模擬戦に勝利した。
彼女の能力は高い。俺が『英雄たちの記憶』をチュートリアルから受け取っていなかったからヤバかっただろう。
スキルありなら魔眼と治癒を持つ俺が圧倒的に有利だが、身体能力は向こうのほうが上だった。
さすが作中でも最強クラスのヒロイン。
一年という差がどれだけ大きいかを教えてくれる。
「打ち合い、ありがとうございました、オニキス様。有意義な時間を過ごせたわ」
すっと右手を差し出してくるノルンカティア会長。その手を握り、俺はにこりと笑う。
「こちらこそ。久しぶりに本気で戦いました」
「次はもっと善戦できるように、今一度剣術の訓練に励みますわ。もっとも、スキルを使ったほうが私は好みですが」
「勘弁してください……会長のスキルが発動したら、訓練場のほうがもちません」
「残念です。自分の能力を使えないというのは」
本当に、心底悲しそうな表情を浮かべて彼女は肩を竦めた。
俺だって本気の彼女と戦いたい。願わくば制限無しの状態で。
だが、そんなことをしたら学園自体が吹き飛ぶくらいの被害をこうむる。
それは可哀そうだろ。死者も出るだろうし。
「ですが、剣術だけならまた戦ってくれますか?」
「剣術だけ? それなら別に構いませんよ」
俺も最強の剣士である彼女と戦ったほうが経験値を稼げる。
クロエには悪いが、より多くの経験が欲しい。
「やったわ! ありがとう、オニキス様!」
「いえいえ。こちらこそ助かりますから」
タイミングが良かったな。彼女も狙っていたんだろうが、武闘会が始まる前に練習相手を見つけられたのはデカい。
「むぅ……わたくしもいますからね、オニキス様?」
くいくいっと後ろから服を引っ張られる。
クロエが不満そうな顔で頬を膨らませていた。
「分かってるよ、クロエ嬢。みんなで強くなろう」
「治療はお任せください! 私は楽しく見守ってますから」
気づけば周りをヒロインに囲まれている俺。
みんなが楽しそうだからいいが、これはこれでいいのかね?
……不思議と嫌な予感がするのはなぜだろう。
▼△▼
嫌な予感を抱きながらも時間は過ぎていく。
気づけばあっという間に夕方から夜になった。そろそろ訓練終了の時間だ。
「ふぅ……今日はここまでにしましょうか、ノルンカティア会長」
「そうね。たくさん汗をかけたわ」
そう言って彼女は髪をかきわける。
豊かな束がふわりと宙を舞って元に戻る。
「クロエ嬢もクラリス様もお疲れ様でした。シャワーでも浴びてゆっくり女子寮に帰ってくださいね」
「はい。お疲れさまでした、オニキス様」
「お疲れさまでした、オニキス様」
俺たちは別々に別れる。
ここから先は寮に帰るだけだからな。
俺は木剣を返し、少しだけ外の空気を吸うために寮とは反対側へ移動した。
すると、人気のない校舎裏に誰かいた。先客のようだ。
ちらりと遠目に先客の顔を確認すると……。
「あれ? アリサ?」
そこには主人公リオンの幼馴染でヒロインのアリサがいた。
彼女は校舎を背に空を見上げていた。
前のリオンとのやり取りを思い出し、彼女に近づく。
俺の足音を聞いて、アリサがばっと視線をこちらに向けた。
お互いの視線が交差する。
「あっ……お、オニキス様?」
「こんばんは、アリサ。こんな所でなにをしてるのかな? 夜も遅いよ」
「すみません……ちょっと考え事を」
「それはもしかして、リオンのことか?」
「ッ」
アリサの表情に変化が生まれた。
ぎゅっと胸元で手を握り締める。
その反応だけで正解だと分かった。
「やっぱりか。まだ喧嘩したままなの?」
「はい……私、リオンの顔を叩いちゃいましたから」
「あれは俺のためにしてくれたことだろ? アリサは悪くないよ」
「でも、暴力はいけません。それに、リオンだっていっぱいいっぱいだったのに……」
「そうだね。反省するべき点もある」
少しずつ彼女の傍に行き、目の前に立った。
こちらを見上げるアリサに、くすりと微笑む。
「でも俺は嬉しかったよ。俺のために怒ってくれてありがとう」
あの時、俺はもう自分が悪役じゃないんだと分かって心が軽くなった。
素直に嬉しいと思えた。
「だからそんな泣きそうな顔をしないでくれ」
じわりと滲んだアリサの涙を人差し指で拭う。
彼女は顔をわずかに赤くした。
「お、オニキス様……」
「大丈夫。すぐに仲直りできるさ」
なんだかこうして話していると、まるで俺が主人公からヒロインを寝取る悪役みたいに感じる。
……まさかな。
そんな脳が破壊される展開になるはずがない。
そもそも彼女が主人公リオンに選ばれたヒロインなのかどうかも知らないが。
「ありがとうございます、オニキス様。オニキス様のおかげで少し心が軽くなりました。頑張ってリオンに謝ってみます」
「うん。頑張って」
よかった。ちゃんと主人公くんと仲良くする気があるんだね。
それなら俺は間男にならなくて済みそうだ。
その後、他愛ない会話を挟みながら彼女と別れた。
別れ際、アリサは手を振りながら、
「オニキス様! また相談に乗ってくださいねー!」
と大きな声で言う。
ひらひら手を振りながら、俺は「リオンにでも話したほうがいいよ」と言ったが、彼女は返事を返さないまま女子寮のほうへと向かっていった。
俺の言葉、聞こえなかったのかな?
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