第37話 武闘会

「これは……」


 急に、脳裏に何者かの記憶が刻まれた。


 記憶は一つじゃない。老若男女様々な人間の記憶が流れる。


 それは経験。それは技術。それは思考。


 積み重ねてきた歴史を、ほんの一瞬にして俺は記憶した。


 直後、チュートリアルが俺に渡した報酬の意味を理解する。


 ソファから立ち上がり、急いで部屋を出る。


 メイドたちを無視して訓練場に足を踏み入れると、置いてあった木剣を手に、構える。


 ——昨日より木剣が手に馴染む。


 自分が何をすればいいのか。どうすればより速く、鋭く剣を振れるのかが分かった。


 試しに少しだけ剣を振る。


 俺のイメージ通りに剣が軌道を描く。


 これこそが、チュートリアルが与えた報酬の意味。




 俺は、俺じゃない誰かの人生を手に入れた。




 特に大きいのが、戦闘で培った経験。


 かつて英雄と呼ばれた何人もの剣士たちの情報が、この体に収まった。


 ステータスや装備では測れない技術を入手したのだ。一気に自分が強くなったと分かる。


「凄いな……こういう報酬もありなのか」


 構えを解いて掌を見つめる。


 いまなら、昨日戦ったダンジョンのボスをソロで討伐できそうだ。


 明確に自分の勝利をイメージできる。


「ふふ……ははは! やっぱり最高だな、チュートリアル」


 内心でチュートリアルに感謝を告げると、そこからしばらく木剣を振り続けた。


 今日ほど体を動かすのが楽しいと思ったことはない。




 ▼△▼




 翌日。


 着替えを済ませた俺は学園へ登校する。


 早速、クラスメイトのクラリスとクロエに声をかけられた。


「「おはようございます、オニキス様」」


「おはよう、二人とも」


 クロエはわざとらしく左手を強調していた。


 クラリスもさらっと自分の首元を撫でる。


 クロエの左手薬指には、俺が渡したダンジョン産の指輪が嵌められている。


 わざわざ左手の薬指に嵌めてるあたり、かなり悪意を感じた。


 そしてクラリスの首元にかけられたネックレスもまた、俺が渡したダンジョン産のアイテムだ。


 二人はそのまま学園にも付けて来てくれたらしいが、アピールが凄い。


「そのアイテム、ずいぶんと気に入ってくれたみたいだね」


「それはもう! 受け取ったその日から肌身離さず付けてますわ!」


「私もです! お風呂の時とか、ずっとこれを見てニヤニヤしてました」


「お風呂の中では外しましょうよ、さすがに……」


「ダンジョン産のアイテムは特別な品です。水気を帯びても錆びたりしません」


「いや、そういう問題じゃ……」


 俺が言いたいのは、風呂場にまで装飾品を持ち込まなくてもいいんじゃないの? ってこと。


 指輪とかネックレスとか邪魔だろ、普通に考えて。


「わたくしも寝る時まで指輪は外しませんでした。これを持っていると、傍にオニキス様を感じられるのです」


「あー! 分かります分かります! なんだか不思議と温かいんですよねぇ」


「はい。見てるだけでも興奮できますわ」


 二人は俺を置いて盛り上がっていた。


 教室内だから目立つ目立つ。


 おまけに、クロエとクラリスも受け取ったアイテムを隠そうとしていない。二人の様子を見た他のクラスメイトたちが、口々にこちらを眺めながら呟く。


「ね、ねぇ……あれ」


「クロエ様が指輪をしてるぞ。しかも左手の薬指に!」


「畜生! やっぱり顔か!? 顔なのか!?」


「馬鹿野郎! オニキス様は家柄も最強だぞ」


「いいなぁ……」


「クラリス様、あのネックレスをオニキス様からプレゼントされたって言ってたぞ」


「脳が破壊された」


 ……うーん。


 確実に二人は、俺がいない間に指輪とネックレスをクラスメイトたちに自慢していたな。


 これでは俺が二人のためにプレゼントを贈ったように見える。


 実際、クラスメイトたちはそう思っているのだろう。


 だが事実は違う。


 ただダンジョンの攻略に付き合ってくれたお礼を支払ったまで。


 そこに好意は一切無い。


 ——などと、いまさら訂正しても無意味なんだろうなぁ。


 やれやれと俺は気にしないことにした。


「あ、そうでした。指輪のことも大切ですが、オニキス様はもう聞きましたか?」


「ん? 何をですか」


「学園では、毎年のように生徒同士が競い合ってるらしいですよ」


「競い合う? それってもしかして……」


「ええ。学年別のトーナメント戦です。新入生も実力を見せるために参加するので、オニキス様も楽しみなのでは?」


 原作でもちらっと見かけたイベントの一つ。


 武闘会。


 本来、オニキスには関係の無い話だが、いまの俺には関係大有りだ。


 武闘会は、学年毎に選ばれた生徒が武力を競い合う。


 当然、一年生最強と言われる俺はその代表生徒に選ばれるだろう。


 だからクロエもいきなりその話題を口にしたに違いない。


「もちろん楽しみですよ」


「やっぱり。私も選ばれるでしょうから、きっとお互いに戦う機会が訪れるでしょう。ふふ。次こそは善戦しますよ」


「悪いけど俺は勝つよ」


「むぅ……私は参加できないので羨ましいです」


 ぷくぅ、とクラリスが頬を膨らませる。


 彼女は治癒スキルを持っているが、戦闘には適さない能力だ。医療班に回される。


「クラリス様は応援してください。俺が勝つのを」


「は、はいぃ! お任せください! 神様にも勝利を祈ります!」


 即答してくれた。良い子だなぁ。


 けど面白くなかったのか、今度はクロエが頬を膨らませる。


「ズルいですよ、オニキス様。クラリス様も、贔屓はダメですわ!」


 ぷんぷん、と怒るクロエを見ながら、ちらりと前の席に座るリオンへ視線を向ける。


 彼もまた、俺のことを見つめていた。

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