第33話 泥船の公爵家

 ダンジョンの中でひと際強かった黒騎士を倒した。


 そこで時間切れ。


 俺たちはトラップや魔物の情報などをメモに記し、ダンジョンを出た。


 夕陽を背に王都へ戻る。




 ▼△▼




「ふぅ……割と激闘だったな」


 クロエ、クラリスと別れて男子寮にやってきた。


 上着を脱ぎ、ラフな服装でソファに腰を沈める。


「また外へ行かれたのですね、オニキス様」


 メイドの女性がテーブルに紅茶の入ったティーカップを置く。


 声色から呆れているのが分かった。


「ああ。俺にはやらなきゃいけないことがあるからな」


「旦那様が心配されますよ」


「平気だ。大型の魔物を複数体倒せる俺の心配なんてもうしてないだろ」


「そうでしょうか。オニキス様はいずれアクロイド公爵家を継ぐ者。きっと危険なことは極力冒してほしくないと思うのが親心かと」


「おいおい……アクロイド公爵家を継ぐのはジェット兄さんだろ。俺は次男だから嫌だよ」


「すでに旦那様の興味はオニキス様に移っています。直接仰られた方がよろしいのでは?」


「それで『はいそうですか』っていくと思うか?」


「……無理でしょうね」


 わずかな沈黙の後、メイドは答えた。


 その通りだ。きっと父はジェットではなく俺を選ぶ。


 現状、より優れているのが俺だから。


「面倒な話だ……俺はさっさと強くなって家を出たいのにな」


「オニキス様はアクロイド公爵家を出るつもりなのですか?」


「家督を継ぐ気はないからな。適当に自由に生きるさ」


 そっちの方が性にあってる。


 窮屈な貴族生活なんてごめんだね。


「普通の人は権力とお金を求めると思いますが……オニキス様は変わっていますね」


「それを堂々と俺に言えるお前も変わってるよ」


 変わり者同士だから上手く付き合えていたのかもしれないな。


「それより、今日はもう他にやることはない。お前も下がっていいぞ」


「畏まりました。ごゆっくりお寛ぎください」


 ぺこりと頭を下げてメイドは退室していった。


 その姿を見送ってため息を吐く。


「アクロイド公爵家か……」


 くだらない。


 俺にとってはただの泥船だ。乗る価値すらない。


 アクロイド公爵家の当主になるくらいなら、平民としてギリギリの生活をした方がマシだ。


「さっさとダンジョンをクリアしないとな」


 余計に力を求める心が奮える。


 未来のために。




 ▼△▼




 翌日。


 またしてもクロエ、クラリスと集まって外へ出た。


 ダンジョンを目指す道すがら、俺はふと彼女たちに訊ねる。


「そういえばここまで来たけど……よかったのか?」


「よかった? 何がでしょう」


 代表してクロエが返事を返す。


「ダンジョン攻略だよ。連日はさすがに疲れるだろ?」


「確かに疲労がゼロとは言いませんが……オニキス様を一人にすると、勝手にダンジョンへ潜ってしまいそうですから」


「…………」


 図星だった。


 俺はたとえ彼女たちが集まらなくても独りでダンジョンに乗り込んでたと思う。


「それに、昨日の興奮がまだ残っています。今日くらいなら全力で戦っても明日への負荷はないでしょう。頑張ります」


「私も頑張ります!」


 クロエに続いてグッと拳を握り締めたクラリス。


 二人とも意外なほど元気だった。


「そうか……分かった。クロエ嬢とクラリス様がいてくれると俺も嬉しい。全力で、次こそあのダンジョンを攻略しよう」


「はい! どんな財宝が見つかるのか楽しみですね」


「ああ」


 本当は財宝自体にはあんまり興味がない。


 どうせチュートリアルでもらえる物の方が上だ。


 適当に俺が使わなそうな物が出たら彼女たちに渡そう。


 しばらく森の中を歩きながら、そんなことを考える。




 ▼△▼




 歩くこと一時間。


 昨日潜ったダンジョンの入り口に到着する。


 剣を抜いて俺を先頭にダンジョン内部へ入った。


 昨日メモしておいた地形を参考に、道中の魔物を無視しながら突き進む。


「いまどの辺りですか、オニキス様」


 走りながら後ろでクロエが声をかけてきた。


 メモを手に答える。


「だいたい昨日攻略した黒騎士のいるエリアまであと少しだね」


「だとしたら……今日はより奥まで潜れそうですね」


「このペースなら想定されるダンジョンの広さを考えて、今日中に攻略できるよ」


「本当ですか? だとしたら快挙ですね。普通は何日も何日もかけてじっくり攻略していくものなのに」


「それもオニキス様がいてこその結果ですね」


「クロエ嬢とクラリス様がいるからこそですよ。一人じゃここまで順調に進めなかった。回復役がいると心に余裕が持てる。クロエ嬢がいると複数の魔物が相手でも簡単に倒せる」


 本当に二人には感謝していた。


 クラリスは一度もまだ働いていないが、恐らくダンジョンの最奥にいるであろうボス戦で貴重な回復役となるだろう。


 すでに奥からひしひしと嫌な空気が漂っている。


 この感じは……昨日戦った黒騎士とはまた別の個体だろう。


 ワクワクとドキドキを胸に更に加速する。


「——見えてきた。黒騎士だ。クロエ嬢はスキルで相手の行動範囲を制限してくれ。最悪、俺に当たっても構わない」


「了解ですわっ。お任せください」


「クラリス様はダメージを負ったら即座に回復を。体勢を整えている時間も惜しい」


「分かりました。気を付けてくださいね」


 指示を大雑把に伝えて俺は誰よりも先に黒騎士の下へ迫った。


 昨日より速く、黒騎士が動き出す——。

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