第32話 謎の黒い騎士

 クロエ、クラリスたちとともにダンジョンの奥を目指す。


 かなりの数の魔物を討伐してきたが、そろそろより強い個体の気配がする。


 しばらく歩いた先で——俺たちは見つけた。


「あれは……」


 黒いフルプレートを着用した騎士。


 サイズは大体中型の魔物と同じくらいだろう。


 剣を地面に突き刺し、膝を突きながらエリアの中央に存在している。


「騎士? あんな魔物いましたか?」


「俺は知らない」


「私も……見たことがありませんね」


 クロエはもちろん、俺もクラリスも目の前の騎士に見覚えがなかった。


「————」


「ッ。動き出しましたね」


 俺たちの気配を感じ取ったのか、急にフルプレートの騎士は立ち上がる。


 十字に切られたヘルムの内側から、魔物特有の赤い瞳が覗く。


 殺意と憎悪に満ちた瞳だ。


「なんだかただの中型の魔物には見えないね」


「基本的に魔物はサイズごとに強さが分かれますが……あの魔物は少し毛色が違いますね」


「油断しないでください、オニキス様、クロエ様」


「分かってる」


 俺とクロエが剣を構える。


 クラリスが一歩後ろに下がり、——そのタイミングで騎士が地面に刺さった剣を抜いた。


 剣は普通だ。銀製の剣。艶はなく、どこかみすぼらしい外見をしている。


 だが、漂ってくる空気は余計に張り詰めた。


「クロエ嬢は俺のサポートを。メインで切り込みます」


「大丈夫ですか?」


「ええ。俺なら」


 答えてすぐに地面を蹴った。


 黒騎士の側面に回って剣を振る。


 黒騎士は俺の行動に対して驚いた素振りは見せなかった。平然と剣を横に向けてガードする。


 キィンッ! という甲高い音を立ててお互いの剣がぶつかった。


 俺の腕力に負けてやや黒騎士が横にズレる。


「筋力は俺の方が上みたいだな」


「——」


 黒騎士が一歩後ろに下がる。


 距離を離すのかと思えば、そこから足腰に力を入れて渾身の一撃を放った。


 咄嗟に体を後ろへ仰け反らして回避する。


 斬撃が後方へ飛び壁を刻む。


 ——こいつの攻撃、飛んでくるのか!


 斬撃を飛ばしてくるタイプの相手は初めてだな。


「二人とも気をつけろ! 斬撃が遠距離まで飛んでくるぞッ」


「厄介な能力ですわね。動きを止めるにかぎりますわ!」


 クロエが魔力を放出する。


 彼女が伸ばした剣の方向に向かって地面が凍結していく。


 クロエのスキルだ。


 冷気が黒騎士に襲いかかる。


「——」


 黒騎士は咄嗟に横へ跳んだ。


 クロエのスキルを理解し、見事に回避する。


「わたくしの攻撃を避けた!?」


「知能も高いようだな」


 厄介な相手だ。


 人型の魔物は知能が高い。そういう傾向があるのは知っていたが、相手の対処が冷静すぎる。


 言葉を介さず、表情も見えないからそう思うだけか。


 とにかく焦ったりしない。冷静に回避と防御、そして反撃を行ってくる。


 クラリスの言う通り舐めてかかれる相手ではなかった。


「クロエ嬢はそのままサポートを! 俺が突っ込む!」


 再び地面を蹴って黒騎士に肉薄した。


 黒騎士は俺が攻撃する前に剣を振っている。


 目の前すれすれを黒騎士の剣が通り抜けた。


 ——今度はカウンター!?


 こっちの動きを予測してやがる。


「けど、まだ甘いなッ」


 攻撃が速すぎてタイミングがズレた。いまがチャンスだ。


 俺はさらに一歩踏み込み、相手に密着する形で剣を振る。


 黒騎士は防御が間に合わない。離脱しようとしても、ここまで距離を詰めればこちらの方が速い。


 漆黒に染め上げられたフルプレートに俺の剣が当たる。


 ギィィィンッ!!


 甲高い音を立てて俺の剣が受け止められた。


「かっった! 防御力高すぎだろ」


「——」


 ヒュンッ。


 対してダメージを受けていないのか、即座に黒騎士が剣を薙いで反撃してくる。


 後ろに跳んでそれを避けた。


「大丈夫ですか、オニキス様」


「平気だよ。ただ……普通に攻撃してもあの鎧を突破するのは難しい。もっと威力を上げないと」


「どうしますか?」


「うーん……」


 魔剣レーヴァテインを使えば簡単に倒せるだろうが、狭い洞窟内で使う武器ではない。


 魔力消費が少なくても自爆の元だ。ここは新たに手に入れたスキルを使ってみよう。


「俺に考えがある。クロエ嬢は危険だから下がっててくれ」


「お一人であの騎士を?」


「ああ。中ボスっぽいし、サクッと倒してみないとね」


 そう言って俺は剣を構え直した。


 剣に魔力——風属性魔法スキルをまとわせる。


 このスキルは強化に似た真似ができる。


 剣にまとわせ、魔力を籠めて振れば——斬撃の切れ味が増すのだ。


 ダンジョンに行く前に何度も練習して検証済み。戦闘中でも使えるくらいには体にしみ込ませた。


「行くぞ……黒騎士」


 地面を蹴る。


 相手と自分の距離が半分ほど縮まった時点で、黒騎士は剣を振った。


 またあの飛んでくる斬撃だ。魔力の反応で分かる。


 それに対して俺は、速めに剣を振る。


 こちらも飛ぶ斬撃。


 剣にまとわせた風が、向かってくる衝撃波とぶつかる。


 お互いに衝突し合って斬撃は拡散。わずかに風が返ってくるが、それを無視してさらに剣を振る。


 ——俺の狙いは連撃。


 返す刃で再び不可視の斬撃を放つ。


 風の刃は黒騎士に吸い込まれるように——鎧を半分に断ち斬った。


「よし!」


 無事、黒騎士の討伐に成功する。


 半分になった体が地面を転がり、黒騎士はもう動くことはなかった。


「お疲れ様です、オニキス様。さすがですね」


「お疲れ様、クロエ嬢。クラリス様もご無事で何よりです」


「私は出番がありませんでしたけどね、結局」


「まだダンジョンは続いてますし、より強い個体が出てくるなら……すぐに出番がきますよ」


「でも時間が……そろそろ地上に帰らないと、外が真っ暗になりますよ?」


「学園の門限もありますし、今日はここまでですね」


「……残念」


 彼女たちが言う通りだ。


 俺たちには地上での生活がある。ダンジョンに篭りっぱなしというわけにもいかない。


 剣を鞘に納め、渋々帰路に着く。


 今日は珍しいアイテムも入手できなかった。

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