第28話 会長の報酬

 訓練場から立ち去ったアリサを追いかけて校内を速足で歩く。


 その途中、曲がり角から姿を現した女生徒に捉まってしまった。


 彼女はアリサの情報をもたらしながらも俺に一つの提案をする。


 それは、——生徒会への勧誘だった。




 ▼△▼




「俺が……生徒会に?」


 この提案は正直驚いた。


 なぜなら、彼女に本来誘われるはずの生徒は俺じゃない。


 原作主人公のリオンだ。


 彼は卓越した才能と能力を発揮し、彼女の目に留まる。


 ——生徒会長、ノルンカティア・アグニスの目に。


「ええ。生徒会長は生徒からの投票で選ばれるけど、役員を選ぶ権利は生徒会長の私にあるの。だから、オニキス様もご一緒にどう? いまなら席が一つ空いてるわよ」


「い、いや……俺は忙しいのでちょっと……」


「学園に在籍する生徒が忙しい……? 一体どんな用かしら」


 彼女は不敵に微笑む。


 その表情に「嘘はいけませんよ」と書いてあった。


 全寮制のこの学園に在籍する生徒は、基本的に外との繋がりが断たれる。


 要するに、学園行事以外は自由ってことだ。


 だから俺が忙しいって話も嘘だと分かる。


「俺は……その……自分の力を伸ばすのに忙しいので……」


「ふふ。さすがオニキス様。英雄に相応しい言葉ね」


「でしょう?」


「でも……それは生徒会に在籍していてもこなせる範囲でしょ。オニキス様なら問題ないわよね?」


「むぐッ」


 図星だった。


 生徒会の仕事なんて大したことはない。


 訓練したり、チュートリアルが発注するクエストを請けてもこなせる。


「とりあえず食事でもしましょう!」


「……え?」


「食事よ、食事。美味しいものでも食べながらゆっくり話をしましょう? 席は予約してあるわ。料理も事前にね」


「いやいやいや! 食事はちょっと……いまは本当に用事があるんで」


「さっきの彼女のついでで構わないわ。夜にまたお会いしましょう?」


 そう言って生徒会長は俺の傍に歩み寄ると、一枚の手紙を差し出した。


 それを受け取る。


「これは?」


「あなたのお母様から渡された手紙」


「な、なんで……母上と……」


「ふふ。実は私、アクロイド公爵夫人とはそれなりに仲良しなの。家ぐるみの付き合いだったりして」


「まさか……」


 嫌な予感がした。


 俺は慌てて手紙を開く。


 すると、手紙には母の字で生徒会長と仲良くやってほしい、という言葉が記されていた。


 こ、こいつ……!


 事前に俺の退路を断ってきやがった。


 母親を経由して俺を脅しているようなものだ。


 これを断ると俺が後から何を言われるか……。


 生徒会長の両親は投資家。


 その財力はとてつもない。


「分かっていただけたかしらぁ? よろしくお願いしますね、オニキス様」


 ウインクを最後に飛ばして生徒会長は踵を返す。


 可愛いなちくしょう……これでは恨もうにも恨めない。


 すべてが彼女の計算通りだった。




 ▼△▼




 生徒会長と別れてアリサを探す。


 彼女との約束は夜だ。


 ご丁寧に母からの手紙に追記で時間まで書いてある。


 絶対に忘れるなよ? とでも言わんばかりだ。


「どうして俺が目をつけられたんだ……」


 呟いておきながら理由は明白だった。


 俺が本来のオニキスと違って才能に溢れ、たくさんの功績を残したから彼女の目に留まった。


 いまの俺は主人公のリオンより遙かに強いからな……。


 実績もあるから誘いたくなるのは分かる。


 生徒会は才能ある生徒の集まりだからな。


「それにしても……アリサはどこだ? 全然姿が見えないな……」


 いくら探してもアリサは見つからなかった。


 一体彼女はどこまで行ったのか。


 このままだと陽が暮れてしまう。


 アリサが教室か寮に行った恐れもあるし、しょうがないので俺は彼女の捜索を諦める。


 特に女子寮に行かれると追跡は不可能だ。


 ため息を吐いて踵を返す。


「結局……あの生徒会長に絡まれただけか」


 不幸だ。


 どうしてこう、俺の予想とは違う展開になっていくんだろう。


 ……自分のせいか。




 ▼△▼




 アリサの捜索を諦めて訓練場に戻る。


 すでに授業はほぼ終わりかけていた。


 そう言えば彼女は授業を受けていなかったのかな?


 俺もサボりに近いが、どうせならその理由も聞いておけばよかったな。


 なんて思いながら、俺は授業の終わりを告げる鐘の音を聞きながら男子寮に向かった。


 メイドの女性に「どこに行っていたのか」と聞かれたが、手洗いだと強引に嘘を吐く。


 当然、かかった時間を考えればそれが嘘だと誰もが分かる。


 しかし、メイドの女性はそれ以上は何も言わなかった。


 夜になるまで紅茶でも飲みながら時間を潰し、——七時頃。


 生徒会長の約束の時間になった。


 着替えて校舎の一角、談話室のような場所に足を踏み入れた。


 ここで食事してもいいのかよ……と思ったが、すでに料理が並べられている。


 生徒会長もいた。


「お待たせしました、生徒会長」


「私も先程来たばかりですよ」


「料理が届いてますが?」


「事前に運ばせました。なので気にしないでください」


「はぁ」


 ひとまず彼女の対面の席に座る。


 フォークを持ち、お互いに食事を始めた。


 すぐに彼女は本題を切り出す。


「さて……もう一度あなたには言わないといけませんね。私の所属する生徒会へ入ってください」


「即答しかねる」


 肉を食べながら俺はそう返事を返した。


 だが彼女は微笑みを崩さない。

「どうしてですか?」


「あんまり興味がないからです。生徒会に入っても俺にメリットはない」


「確かに……仕事があるだけで特別な報酬はありません。しいていうなら……生徒自身の功績——と言ったところでしょうか」


「必要なのは強さを求めること。偉くなることではありません」


「ふふ。謙虚な方ですね。一層、私の生徒会に欲しいです」


 意外とぐいぐい来る人だな……。


 確かに俺が生徒会に入れば本来のシナリオは崩れる。


 いいか悪いかは置いといて、それだけは唯一の魅力だ。


 だが、素直に飛び込むには不安もある。


「そうですね……オニキス様が生徒会に所属してくれるなら、私が報酬を用意しましょう」


「報酬?」


「きっと強さを求めるオニキス様にはぴったりでしょうね……ふふ」


 一拍置いて彼女は続けた。




「聖遺物——というものをご存知でしょうか?」

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