二章

第25話 学園入学

 魔物狩りから一ヶ月。


 原作主人公リオンを含めた主要キャラクターたちの入学式がやってくる。


「オニキス様、馬車の用意ができました」


「そうか。分かった。すぐに行く」


 報告をしたメイドを下がらせると、鏡の前で自分の姿を見つめる。


 いまの俺は入学予定の学園の制服を身にまとっていた。


 原作で見たことのあるオニキスの姿だ。


 これを見るとバッドエンドが脳裏を過ぎるから最悪だ。


「やれやれ……これまで俺は自分にできることを精一杯やってきただろ? 何を今更……」


 あれ以上の結果はない。


 たとえヒロインたちに絡まれようと、俺は順調に悪役ルートをへし折ってきた。


 心配する必要はない。


 きっと悪役としてのオニキスは死んだ。


 聖者や英雄と称賛されるのがいまの俺だ。


 きっちりと制服を正し、ぱんぱん、と両頬を叩いてから気合を入れる。


 踵を返して部屋を出た。




 これから原作のシナリオが始まる。




 ▼△▼




 部屋を出て廊下をまっすぐ歩く。


 階段を下りて玄関扉の前へ行くと、そこには父の姿が。


「父上……?」


「来たか、オニキス」


「なぜ父上がここに?」


「お前を見送るためだ。父親としての義務だろう?」


「は、はぁ……」


 オニキスの記憶によると、父が自分を見送ってくれたことはいままでに一度もない。


 本当にこの男はオニキスに目をかけているのが分かる。


 余計、兄ジェットから嫉妬を買うのだが……まあいいか。


 止めろとは言えない。


「前も言ったが頑張れ。学園では貴族の位は関係ない。ひたすらに実力を示し、他の生徒たちから称賛を受けるのだ」


「はい。全力で三年間努力します」


 俺のためにな。


「うむ。では行ってこい。長期休暇の時は必ず戻ってくるのだぞ?」


「分かっていますよ、父上」


 最後に抱擁を交わし、俺は玄関扉から外へ出た。


 今日は暑いくらいの快晴だ。


 澄み渡った空を仰ぎながら、清々しい気持ちで馬車へと向かう。




 ▼△▼




 メイドと俺を乗せた馬車は学園の敷地内に到着する。


 周りには他にも多くの貴族子息・令嬢たちがいた。


 アクロイド家の家紋入り馬車が停まると、わらわらと近くに集まってくる。


「オニキス様! ご入学おめでとうございます!」


「きゃー! オニキス様素敵——!」


「こっち向いて——!」


「……まるでアイドルのようだな」


「はい? あいどる?」


「なんでもない。降りるぞ」


 馬車を囲むように近付いてきた生徒たちを見て、前世の記憶がフラッシュバックする。


 詳しいことは知らないが、学生の身でここまで好意を集めるとは逆に面白いな。


 馬車から降りて叫ぶ女性たちに手を振る。


 声は一層大きくなった。


 ちょっとだけ楽しいと思ったのは内緒だ。


 貴族子息・令嬢だけあって、決して俺に触れようとはしない。


 節度は弁えていた。


「あぁ……! これはこれは、オニキス様」


「げっ」


 周りにいる貴族子息・令嬢たちをかき分けて一人の女生徒が俺の下にやって来た。


 その美しいを見た途端、俺は身構える。


「ッ! ま、また……わたくしを見てそんな顔を……いいッ」


「こんな所で興奮するな。俺が変な目で見られるだろ……クロエ」


 原作の悪役令嬢クロエ・エインズワースだ。


 相変わらず原作の面影が薄れてただの変態だな。


「ふふ。良いではありませんか。変態同士、お似合いってことですよ、オニキス様」


「さらっと俺を変態にするな。お前だけだ」


「あんッ。今日もオニキス様はいけずです……」


 もじもじと体をよじるな! ハァハァ興奮するな!


 クロエと話してると精神的にドッと疲れる。


 もう無視してさっさと校舎のほうへ行こうかな……。


 そう考えていると、横から新たな女生徒が姿を見せた。


「——やっぱり! ここだけ賑やかだったのでオニキス様がいると思いました! おはようございます、オニキス様」


「く、クラリス様……」


 見慣れた神官服ではなく、クロエと同じ制服に身を包んだクラリス・アークライトまで俺のそばにやって来る。


「せっかくですし、私と一緒に教室まで行きませんか? 同じクラスですしね」


「あ、はぁ……はい」


 一瞬、どう断るべきか悩んだ。


 しかし、目の前の変態と一緒にいるよりクラリスのほうがまともだと判断し、俺は彼女の提案を受け入れる。


 すると、もちろんクロエも黙っていない。


「ズルいですわよクラリス様。わたくしもご一緒します」


「あら、クロエ様。数日ぶりですね」


「あの時は助かりましたわ」


「何を。クロエ様がいたからこそあの子は無事だったんです」


「クラリス様の治癒スキルがなかったら、あわや大惨事でしたけどね」


 うふふ、ふふふ、と二人は楽しそうに談笑する。




 ——これが少し前まで険悪の仲だったとは思えない光景だ。




 俺も二人が仲良くなるきっかけになった場にいたが、まさかこの二人が手を組んで友人になるとは……。


 元悪役令嬢はヒロインの友達。


 もはや原作のクロエは見る影もない。


 彼女を救えたということでいいのかな?


 勝手に救われたように見えるが。


「ほら、行きますわよオニキス様。遅れたら笑えませんもの」


「あっ」


 クロエに手を握られる。


 ぐいっと引っ張れると、集まった生徒たちをかき分けてぐんぐん奥に進んでいく。


 空いてるもう片方の手はクラリスに取られた。


「これから講堂で学園長の話があります。急いで席を確保しないといけませんね」


「三人分、ですわよ?」


「ええ。分かっていますわ、クロエ様」


 俺の意見など聞かずに両手を引っ張られる。


 まるで主人公みたいな始まり方だな……。


 その主人公は、いまのところ姿を見せないが——果たしてこれを見たらどう思うだろうか。


 俺には分からなかった。


 だが、少なくとも良い反応が返ってくることはないな。


 心の底からそう思う。




 ▼△▼




 クロエとクラリスに連れられ、俺は学園の講堂に足を踏み入れる。


 学園長の話が始まったのは、俺たちが到着して二十分後のことだった。


 長々とくだらない話を聞かされながらも入学式のようなものが終わり、その後は学生たちが教師に連れられ教室に向かった。


 俺は教室に入るまでずっとクロエやクラリスたちと一緒である。


 原作主人公やアリサも同じクラスだ。


 アリサが俺を見ると手を振ってくれる。


 それに手を振り返すと、じろりとリオンくんに睨まれた。


 相変わらず俺の印象は彼の中で相当低いらしい。


 逆に、クロエとクラリスの中でリオンの評価は地面を抉っていた。


「またあの平民がオニキス様に失礼な視線を送っていますわね……どうしてくれようかしら」


 ぼそりと俺の隣の席を確保したクロエが呟く。


 恐ろしいことを言うな。


「別に俺は気にしてないよ。思うところがあるんだろう」


「でも放置しておくと大変なことになるかもしれませんよ?」


「心配してくれてありがとうございます、クラリス様。その時は貴族として対処します」


「いえ、オニキス様の身に何もなければいいんです。いざとなったら声をかけてくださいね! 最大限、神殿のコネを使いますからッ!」


「あはは……どうも」


 それって主人公を潰すって意味じゃないよね?


 君、一応原作のヒロインなんだけど……まあいいや。


 いくらなんでもリオンもそんな浅慮な真似はしないだろう。


 それより、と教卓の後ろに立った教師の話に耳を傾ける。


「皆さん、本日から授業は行われます。午前中は一般教養を。午後は実技などを他の教師が担当します。大変かとは思いますが頑張ってくださいね」


「午後は実技……か」


 そう言えば最初の授業で行われる実技は、リオンの最初のイベントだったな。


 ヒロインの好感度を稼ぐためのもので、いまの彼は誰を選ぶのか。


 少しだけ変わったいまの世界で興味を示す。


 ちらりと前の席に座るリオンを見ると、


「…………」


 なぜか彼は——俺のことを睨んでいた。


 嫌な予感がする。




———————————

あとがき。


新章スタート!学園編の始まりだ~!

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