第23話 歪な裏側

 ずりゅ——という音を立てて魔物二体の首が落ちた。


 パラサイト・センチピードも、ヴェノムも動きを止めて地面に倒れる。


 紫やら緑やら気色の悪い血を流しながら絶命していた。


 それを見下ろし、俺は魔剣レーヴァテインを鞘に戻す。


「ふぅ……これで終わりかな」


 予想通り魔剣レーヴァテインの能力は絶大だ。


 ほんの少しの魔力でも大型の魔物を倒せるくらいには強い。


 もちろん、剣術スキルと魔眼スキルがあったからこその圧勝ではあるが。


 二つの内一つでも欠けていたらもっと時間がかかっていただろう。


 収納空間にレーヴァテインを送り、ホッと一息吐く。


 すると、俺の背後にクロエが回る。


 大きな声を上げながら俺に抱きついてきた。


「オニキス様——! お疲れ様でした! もの凄い力でしたね、あの剣」


「く、クロエ嬢……。他の人たちが見てるんだからあまりくっ付かないでくれ」


「いいではありませんか。我々二人の共同作業で大型の魔物を三体も倒したんですよ? これを喜ばないのはおかしいですッ!」


「いや……そういう意味じゃなくて……」


 単純に恥ずかしいから離れろって意味で言ったんだよ。


 クロエが珍しく屈託のない笑みを浮かべながら笑っているからあまり言えなかったが、周りからの視線が凄い事になっている。


 驚き半分、唖然が半分ってところか。


 前者のクラリスは、やや遅れて俺のそばに駆け寄った。


「オニキス様! お怪我はありませんか!?」


「クラリス様。俺はこの通り無事ですよ」


「よかったぁ……大型の魔物が三体も出た時は生きた心地がしませんでしたが、さすがですね、オニキス様」


「——ちょっと、そこの神官見習い」


「はい? なんですかあなた。誰ですか」


「あなたわたくしのこと知ってましたよね!?」


「あー……クロなんとかさんですか。あなたもいたんですね」


「ばりばりオニキス様と戦ってましたが!? あなたも斬られたいのですか!?」


「すみません。私、好きな相手の事しか見えないので」


「遠回しにわたくしの事が嫌いと言ってますわよね……?」


「むしろ好かれると思っていたんですか……?」


「殺す」


「やってみなさい」


 バチバチに二人は殺意をぶつけ合っていた。


 魔物が消えたからってそんなすぐ殴り合おうとしなくてもいいのに。


 俺はため息をこぼしてから二人を止めた。


「クロエ嬢。クラリス様。魔物は倒しましたがまだ油断できません。喧嘩しないで仲良くしてください」


「「オニキス様……」」


 凄く不満そうな表情を浮かべながらも二人は矛を納める。


 しばしお互いに見つめ合った後に、


「……く、クラリス様。先ほどは言葉が過ぎましたわ。これからは仲良くしてくださいね?」


「こちらこそ無礼な態度を申し訳ございません。私、クロエ様と仲良くしたかったんです」


 ニコニコ笑顔を作って二人は握手する。


 不思議と二人の手には力が籠っているように見えた。


 小刻みに体が震えているからかな?


 まるで全力で相手の手を握り潰そうとしてるように見える。


「あ、あなた……意外と力あるじゃありませんか。神官見習いのくせに」


「あなたこそ……外見に似合わぬ握力ですね」


 うーん……喧嘩、もうしてないよね?


 「うふふ」「あはは」と笑い合う二人を見て、なんだか微妙な気分になった。




 ▼△▼




 最後の最後で騒動はあったが、最終的には俺とクロエの活躍で犠牲者はゼロに落ち着く。


 大型の魔物を合計四体も倒した俺は、司会進行役の黒服から大絶賛された。


 父からも声高らかに褒められ、会場にいた多くの観客、参加者たちから「神の使徒」と呼ばれるようになる。


 たかが大型の魔物を四体倒しただけで神の使徒とは……。


 この世界、俺が思ってる以上にヤバいのかもしれない。


 俺以外に大型の魔物を倒した者はおらず、中型ですらちらほらとしか見られない。


 全体的に……そう、全体的に能力値が低い。


 それは俺のせいではないが、今後、何か大きな欠点になるような気がした。


 確証はないけれど。




 ▼△▼




 オニキスが魔物狩りの会場で英雄的評価を受けている最中。


 遠く離れた森の中で、複数の外套をまとった不審者たちが集まっていた。


 彼らは遠方を覗く事ができる道具を使って魔物狩りの会場を眺める。


 転がった大型の魔物の死体を見て、衝撃が走った。


「ば、馬鹿な……。あんな子供が、用意した魔物をすべて倒しただと!?」


「アクロイド家の末っ子と言えばまだ15歳の子供だろ? 冗談じゃない!」


「あれを使役するのにどれほどの時間と犠牲をかけたことか……クソッ!」


「落ち着け。たしかに大型の魔物を三体も失ったのは痛いが、まだまだ我らの目標は遠い。ここで挫けている暇はないぞ」


「ですが、あのオニキスがいるかぎり計画に支障が出るのでは? 今後、学園に対しても攻撃を行うのでしょう?」


「ああ。他にもあれほどの才能だ、今後、我々の道に立ち塞がる障害になるのは明白。いまの内に消しておきたいものだな……」


 集団の中でもひと際尊敬の視線を集める男は、水晶に映し出された少年——オニキス・アクロイドをジッと見つめる。


「あの武器も気になるが……何より、オニキス・アクロイド……邪魔な男だ」


 たった一人に計画が妨害されるとは思わなかった。


 クロエの抵抗くらいは予想していたが、オニキスの奮闘は想定外。


 本来、あの会場は悲鳴と血、死体に溢れる予定だったのに、と。


「追加の計画を立てるぞ。上に許可をもらい、あの男を確実に——殺す!」


「ハッ! 畏まりました」


「では学園への攻撃前にあの男を?」


「そうだな……年齢的に学園襲撃と合わせてもいいが……まずは上と相談だ。それによっては、面白い事が起こるかもしれない」


「面白い事……?」


「まだ確定ではないがな」


 くすくすと笑ってリーダー格の男は踵を返す。


 水晶の光が消えると、そのまま雑草を踏み締めて森の奥に姿を消した。


 その後ろを残りの不審者たちも追いかける。




 オニキスの知らないところで、オニキスを中心とした物語が展開されていた——。

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