第19話 ヒロインのピンチ
魔物狩りが始まって数時間が経過した。
その間、俺の前に現れたのは、主に小型と中型の魔物ばかりだった。
足許に転がる死体の海を見て、俺は盛大にため息を吐く。
「ハァ……雑魚ばっかりじゃん。これじゃ数だけの男だと思われる」
俺の目当ては最初から大型だった。俺以外に大型を倒せる参加者はいないだろう。
会場中のド肝を抜いて、誰もが認める天才にでもなってやろうかと思っていたのに……現実はそう上手くいかない。
森の中から何体も何体も魔物は飛び出してくるが、どいつもこいつも小型小型小型。中型小型小型と準備運動くらいにしかならない。
この場合、それだけ自分が強くなったことを誇るべきか、退屈だと嘆くべきか微妙なところだ。
「しかし……魔物の数だけは無駄に多いな」
この辺りの森に生息する魔物は、定期的に冒険者なる職業の者たちが狩っている。彼らの中にはスキルを持たない者も多くいるが、それでも小型や中型くらいならそれなりに間引かれていると思っていた。
だが、蓋を開けてみればこの結果。それなりに魔物が残っている。
「もしかすると……森の奥からどんどん魔物が逃げてきているのか?」
それは小型や中型が逃げるほどの魔物がいるってことだ。
まだ確証はないが、仮にそれだけの個体がいるなら俺の獲物だな。そいつを狩って帰れば、先ほどまでの分と併せて俺が優勝できるだろう。優勝できたらチュートリアルの報酬もゲットだ。
にやりと口角を上げて森の奥を目指す。俺の頭には、もう大型の魔物のことしかなかった。
▼△▼
歩くこと三十分。
なぜか急に小型の魔物すら出てこなくなった。
「おいおい……他の参加者たちに狩られたのか? 結構奥まで来たと思ったんだがな……」
こうなると今度は索敵が面倒だな。チュートリアルもどうせなら索敵系のスキルをプレゼントして欲しい。
そんな文句を垂れていると、唐突に声が聞こえた。女性の声……否——叫び声だった。
「逃げて——! リオン————!!」
「この声と……リオンって名前は……」
間違いない。魔物狩りが始まる前に見た原作主人公とその幼馴染のアリサだ。
あいつらこんな所まで来ていたのか。
アリサの声色から状況の悪さを感じ、俺は急いで声のしたほうへと向かった。
すると、
「リオン! 早く逃げなきゃ! あんな化け物に勝てるわけない!」
「うるせぇ! ここで尻尾巻いて逃げてたら、俺はいつまで経っても強くなれないだろ!? アリサも手を貸してくれ! 俺たちならあの化け物にだって勝てる!」
原作主人公と幼馴染のヒロイン、アリサを見つけた。
二人の前には一匹の巨大な虫型魔物〝パラサイト・センチピード〟がいた。
あれは大型の魔物の中でも特に凶悪に分類されるムカデだ。名前の通り、体内に寄生虫を飼っており、その図体はあのケルベロスすら超える。
正直、寄生虫うんぬん以前に素の身体能力が高すぎる。いまの俺が生身で攻撃を喰らえば、即死の可能性もある。
原作主人公のリオンとヒロインのアリサでもあいつには勝てない。本来、大型の魔物と主要キャラクターたちが戦うのはもっともっと後のことだ。
事実、すでに交戦した後なのか、リオンもアリサもダメージを負っている。あの状態で逃げないとは勇敢……いや無謀な男だ。
「この世界は気合だけで生き残れるほど優しくないぞ、主人公」
俺は木の陰から様子を窺う。
別に彼らに手を貸すのが嫌なわけじゃない。獲物を横取りしないように観察しているだけだ。
それに、これがゲームのイベントであった場合、主人公は死んだりしない。シナリオが始まってすらいないのだ。きっと誰かに助けてもらうか、勝手に魔物が逃げ出すか、覚醒でもして終わりだろ。
だから俺は様子を見るだけに
ここはクレバーに徹するのさ。
「キシャアアアアアッッ!!」
蛇みたいな声を上げてパラサイト・センチピードが動いた。
その巨体をうねらせ、弾かれるようにリオンたちの下へ迫る。まさにダンプカーだ。あんなものに当たったら無事では済まない。
それが分かっているのか、リオンも慌てて横に飛び退いた。
しかし、パラサイト・センチピードが移動した衝撃で地面が抉れ、飛んできた
「いッ!?」
わずかにリオンが怯んだ。その隙を魔物は見逃さない。
前進を急停止。お尻のほうを尻尾みたいに薙いでアリサを攻撃する。
アリサはその攻撃を避けられなかった。
「きゃああああッ!?」
ガード体勢のまま吹き飛ばされる。地面を何度も跳ねながら木の幹にぶつかって倒れた。
「アリサ! てめぇ、よくもアリサを!!」
激昂するリオン。剣を構えて素早くパラサイト・センチピードに接近した。
リオンはたしか剣術スキルを持っている。もう一つのスキルは使わないのかな? それでも勇猛果敢な攻撃だった。
振り上げた剣がまっすぐにパラサイト・センチピードに落ちる。けれど、その攻撃が当たるより先に魔物が地面を蹴った。
——最初からアリサはついでだ。本命はリオン。だから、すでに攻撃は用意されていた。
「しまっ——!?」
それに気づいたリオンだったが、時すでに遅し。
パラサイト・センチピードの体当たりをもろに喰らって、アリサのように吹き飛ばされた。
口から血を吐きながら何十メートルも先に転がっていく。
致命傷だな。あれはすぐにでも逃げるか治療するかしないと、骨が折れているだろうから下手したら死ぬ。まさかこんなあっさり負けるとは思ってもいなかった。
「弱い……弱すぎるな、主人公」
なんだこの体たらくは。いくらなんでも弱すぎる。
この時点では中型にすら苦戦しそうなレベルだった。あれでヒロインを危険に晒してまで大型の魔物と戦おうとするとは……。
一体何に焦っていたんだか。
それでもリオンとアリサはこの状況を生き残る。たとえいまもなおパラサイト・センチピードがヒロインに向かっていようと生き残る。
目を覚ましたヒロインが絶望顔を浮かべ、その目の前で魔物が大口を開けても助かるのだ。
俺は隠れたまま見守る。
「嫌ッ! 来ないで……。死にたく……死にたくないよぉ!」
アリサが大粒の涙を流す。顔がぐちゃぐちゃになっていた。
「大丈夫……あいつらは主人公とヒロイン。絶対に死ぬわけがない……」
俺は耐えた。魔物がさらにヒロインに近づく。
あえてゆっくり迫っているのは、獲物であるアリサの恐怖心を煽るため。
大型の魔物だけあって無駄に知能があって下劣だ。そしてアリサはその企み通りぐずぐずに泣いていた。
「誰か……! 誰か助けてください! 私、嫌ッ! こんなところで死ぬのは……! あんな化け物に、食べられて死ぬのは!」
もうダメだ。魔物の口がすぐそばに。
——早く誰か助けに来いよ! このままじゃアリサがッ!
脳裏に浮かんだBADENDの文字。
この世界がシナリオの通りに動くなら、必ず彼女たちは救われる。だが、本当にすべてがシナリオ通りなのか?
俺の身に宿ったチュートリアル。
強くなった悪役。
ヒロインと仲を深め、悪役令嬢の未来も変えたかもしれない。
それはもう、本来のシナリオを大きく逸脱してる。当たり前のように彼らが助かるとなぜ思う?
俺は迷った。ほんの一瞬の迷いが、逆に俺の体を動かす。
——気づいた時には走っていた。目の前にパラサイト・センチピードの顔があった。
「——その汚い顔を離せ」
剣を抜く。
鈍色の閃光が、パラサイト・センチピードの顔を横に弾いた。
かッッッたッッ!!
普通に刃の部分で斬ったにも関わらず、パラサイト・センチピードの顔を切断することはできなかった。
わずかに斬れた箇所から緑色の血が流れる。
「キシャアアアアッッ!!」
傷を負った魔物は怒り狂い、その巨体を持ち上げて俺を見下ろした。
目の前に現れた俺を見て、背後ではアリサが呆然と呟く。
「あ……あなたは……?」
その問いに、剣を構えながら俺は答えた。
「ただのファンさ」
やれやれ。結局俺はこういう選択を選ぶのか。
しょうがないだろ。俺はこの作品が嫌いじゃない。彼女たちヒロインことが——好きなんだからさ。
———————————
あとがき。
運命がそれを望んでいるッ!
ちなみに原作主人公のリオンくんはなかなかにヤバい性格してるかもしれませんね……(笑)
※本作の今後の展開のために、一部設定を変更します。変更するのは主人公オニキスの年齢(ヒロインたちも同じく)。
12歳(変更前)→15歳(変更後)。
急な話にはなりますが、どうかこれからもよろしくお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます