第17話 どうやら修羅場

 クロエとクラリスが視線を交差させる。


 なぜか二人に挟まれた俺は、不穏な空気を感じた。


「あなた、その服装……神官ですね?」


 まずはクロエがクラリスに訊ねた。


「はい。神官見習いのクラリスと申します。そういうあなた様は……クロエ・エインズワース侯爵令嬢では?」


「いかにも。最近、オニキス様に近づく神官がいる……という話は聞いていましたが……あなたのことですか」


 ぴりっ。


 クロエの一言で空気が一気に張り詰めた。


 笑顔を浮かべていたはずのクラリスが、急に真顔になる。その変化が怖くて心臓がキュッとした。


「たしかオニキス様が、不甲斐ない神官たちの手伝いをしたらしいですわね。さすがオニキス様ですわ! 金をもらっているくせにまともに仕事もできない神官のサポートをするだなんて」


「……いまの言葉は聞き捨てなりませんね。私たちは私たちにできる最善を尽くしています。蝶よ花よと育てられた誰かさんには、その気持ちが解らないのですね。横暴に振る舞い、家族にも迷惑をかける問題児……ふっ」


「なにか言いましたか? あ?」


「いいえなにも。ふふふ」


 睨むクロエ。不敵に微笑むクラリス。二人の間に激しく火花が散った。


 俺は大変居心地が悪かったが、それより気になることがあった。


 ——なんでクロエは俺が神官の仕事を手伝ったことを知っているんだ!? 誰にも話していないし、つい最近の出来事だ。


 クロエとは数日前に接点ができて、それ以前は会話もほとんどしたことがない。にも関わらず、クロエはさも当然のように把握していた。


 これが恐怖か。クロエと出会ってから、不思議と俺が戦慄する機会が増えた。


 この体に転生してから焦ることはほとんどなかったのに、だ。ある意味クロエは魔物より恐ろしい。


「ふんっ! もういいですわ。いつまでも見習いごときと会話してると時間の無駄です。あちらへ行きましょう、オニキス様。天才同士の有意義な会話をぜひ」


「いけません、オニキス様! 傲慢な令嬢についていくと心も汚染されてしまいます。ここは私と一緒に神へ祈りを」


 がしッ。がしッ。


 二人に同時に腕を捕まれる。咄嗟に脳裏に浮かんだのは、左右から腕を引っ張られて引き裂かれる自分の未来。


 とんでもなく状況はまずかった。


「なにしているんですかクラリスさん。早くその手を離しなさい」


「クロエ様こそ離したらどうですか? オニキス様も迷惑してますよ?」


「生意気な」


「うるさい人ですね」


 ぎりぎりぎり。


 人の腕を引っ張りながら喧嘩しないでほしい。いくら俺の体が剣術スキルで頑丈になっているとはいえ、左右に引っ張られれば当然痛い。


 二人が殴り合うのが先か、俺の体が引き裂かれるのが先か。そういう戦いになるぞ。


 やれやれ、と俺はため息を吐いて二人に告げた。


「すみませんが、俺はどちらにもついていきません」


「「え」」


 そんな「ありえない!」みたいな顔されても困る。俺は一言もついていくとは言ってないぞ。


「この後の魔物狩りに備えて集中したいのです。用事があるのでしたら終わってからお願いします」


「むぅ……残念ですね。でも、それがオニキス様のためとあらば。ふひっ」


「解りました。オニキス様に冷たくあしらわれるのも悪くありませんね……!」


 クラリスもクロエも意外ほどあっさりと俺の言葉を受け入れてくれた。


 不思議と背筋が冷たくなったが、あまり深くは追求しない。気にすると精神を侵されそうだ。


 俺の腕から手を離す二人の姿を確認して、最後に「ではこれで」と言い残して別れる。


 最初の目的通り、その場から離れて今度こそ主人公たちを探しに向かうのだった。




 ▼△▼




 会場内を歩き回ること数十分。ようやく原作主人公たちを見つけた。俺の予想通り、原作主人公のそばには幼馴染のヒロインもいる。


 近づき、二人の会話に耳を傾ける。


「リオン、準備はできてるの? 今回は命懸けよ。調子に乗って準備を怠ったりしないでね」


「はいはい。解ってるって。アリサは今日も口うるさいな」


「誰が口うるさいよ! 馬鹿なあんたのために忠告してやってるんでしょ!」


 ぷんぷん、と解りやすく怒っている青髪の女性がアリサ・ブラッドフォード。主人公と同じ平民だが、高威力の魔法系スキルを所持する天才。いずれその名を王国中に轟かせる。


 そして、彼女にリオンと呼ばれた茶髪の男性こそ……この世界の主役。主人公のリオン・クラム。


 前世で何度も見た外見だ。俺がその名前と特徴を忘れるはずがない。


 二人は幼馴染特有の気さくで話しながら、いまかいまかと魔物狩りが始まるのを待っていた。


「あの二人にこの場で勝てば……少しはシナリオが変わるかもしれないな」


 そう呟きながら俺は踵を返す。二人の顔と存在が確認さえできればそれでいい。後は結果ですべてを証明する。


 遠くでは、黒い服を着た男性が大きな声で魔物狩りの説明を行っていた。


 参加者全員がその声に耳を傾け、いよいよイベントが始まる——。











「戦えもしない雑魚。なんで会場にいるのかしら?」


「治癒スキルで癒して差し上げるんですよ? すぐ傷を負って逃げてくるでしょうからね」


「わたくしには必要のないことです。雑魚と違って負けませんから」


「そうでしょうか? なにが起こるか解りませんよ? 治癒スキル、持ってないでしょ?」


「やんのか?」


「やりますか?」




 …………あの二人、まだ喧嘩してる。


「仲良くできないものかね」


 静かに視線を逸らし、歩みを変えて俺は黒服のほうへ向かった。


 別に説明を聞かなくてもいいかと思ったが、あの二人の喧嘩に巻き込まれたくない。ぞくぞくと集まる参加者たちを横目に、青く澄み渡った空を一瞥する。


 そのタイミングで、急に目の前にウインドウ画面が表示された。




【大型の魔物討伐の報酬を与えます】




———————————

あとがき。


いまのところヒロインたちは仲良くできないらしいです……(笑)

次回、その報酬にオニキスはビビる⁉︎

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る