第16話 狩猟祭

 クロエ・エインズワースの恐ろしき魔の手から逃げた俺は、その足で自宅に帰ってくる。


 出迎えた父が俺の無事を喜ぶが、その後で盛大に驚くことになった。


 原因は俺たちが持ち帰った魔物の死体。


 小型の魔物だけでも数十体に及ぶ数であり、しまいには、大型の魔物が姿を見せて使用人たちまで悲鳴を上げた。


「こ、これは……」


 父がわなわなと震える声で俺に訊ねる。答えなど見れば解るのにあえてだ。


「大型の魔物〝ケルベロス〟ですね。偶然遭遇したので倒しました」


「ケルベロスぅ!? 倒したぁ!? お、お前が……一人でか?」


「はい」


 父は慌てて護衛を担当した騎士たちに視線を向ける。見られた騎士たちは、父の無言の言葉を受け取り素直に全員が首を縦に振る。


 それは紛れもない「その通りです」という肯定の証だった。


「ま、まさか……天才だとは思っていたが、15歳という若さで大型の魔物すら倒すなんて……」


「新たに手に入れた魔眼スキルのおかげですね」


「そんなに強力なのか……? お前の魔眼スキルは」


「ええ。短時間であれば大型の魔物の動きも止めることができます」


「そ、そうか……なるほど……」


 もはや父は言葉を失うしかなかった。俺が達成した偉業はそれだけ大きな結果ということだ。


 正直、大型の魔物もそんなに強くはなかった。防御系のスキルを持っていないから攻撃を喰らえば下手すると即死するが、それでも冷やりとする場面はない。


 いまの俺なら、原作主人公を軽々と凌駕してる気がする。なんせ原作主人公は、ストーリーの進行とともに強くなる。いまはまだストーリーが始まる前だからかなり弱いだろう。


 一度、近くで主人公の実力を見てみたいものだ。


「おい見ろよ。あのケルベロス……オニキス様が討伐なさったらしいぞ」


「はぁ!? ありえないだろ……。中型の魔物を倒してきた時だって目玉が飛び出るくらい驚いたのに……」


「あれが神様に選ばれた証拠ってことでしょ? さすがだわ……オニキス様ッ!」


 背後ではケルベロスの死体を見た使用人たちが次々に称賛の言葉を呟く。


 いまでは家族だけじゃない、使用人の好感度すら軒並み高くなった。暇潰しに彼らの傷を治してあげたのが効いてるっぽいな。


「では父上、俺は疲れているので部屋で休みます。今後も魔物の討伐は行いますからそのつもりでいてくださいね」


 父の返事を待たずに自室へと向かった。


 魔物の死体が置かれた前庭では、しばらくの間、人の声が消えることはなかった。みんな、俺の偉業を口々に語っている。




 ▼△▼




 部屋の扉を開けて自室に入る。ベッドに転がると、天井を仰ぎながら呟いた。


「ふぅ……思ったより早く大型の魔物を倒せるようになったな」


 これもすべてチュートリアルと報酬のスキルのおかげだ。特に超級スキルを獲得したことで俺の戦闘能力は飛躍的に向上した。


 この世界には大型の魔物より強い個体はいくらでもいる。まだ自分が最強になったと思うには早いが、クロエの反応を見るに、同世代で俺より強い剣士はいないだろう。それだけは自信が持てる。


「そういえば、時期的にそろそろが行われる頃か……」


 俺の脳裏にあるイベントが過ぎった。


 数年に一度行われる大規模な〝魔物狩り〟。狩猟祭とも呼ばれるそれは、スキルの持ち主が集まって外で魔物を大量に討伐する催しだ。


 ある者は自らのスキルを試す場として。


 ある者は討伐した魔物を意中の相手に渡すために。


 ある者は街や市民の平和のために剣を振る。


「今回は俺も参加するか。本来は参加しないイベントだからこそ、俺が参加することでシナリオに変化が生まれるかもしれないしな」


 実はこの魔物狩り、本来オニキスは参加しない。なぜなら彼はスキルを持たないから。


 その後ろめたさと参加する兄からの罵倒を受け、オニキスはさらに自らのコンプレックスを拗らせていく——のが本来のシナリオだ。


 しかし、俺にはチュートリアルと複数のスキルがある。せっかくのイベントを楽しまないのは、プレイしたファンとしては失格だろう。


 それに魔物狩りには原作主人公たちも参加する。ちょうどいい機会だ。現状の奴の実力を見るのにこれ以上の場はない。


「ククク……当日が楽しみだな」


 俺はやがて訪れる魔物狩りの日に胸を躍らせながら、本能を刺激する睡魔に負けて瞼を閉じた。


 これからしばらくは……地獄の訓練の日々が続く。




 ▼△▼




 二週間後。


 澄み渡った青色の空を仰ぐ。


「オニキス様。狩猟祭に参加するための荷物をまとめました」


 メイドに声をかけられて視線を前に戻す。俺の眼前には、荷物を詰め込んだ馬車が停まっていた。


 あれでこれから魔物狩りの会場になる正門のそばまで向かう。荷物は主に着替えと食事だな。


 換えの装備も中には入っている。


「解った。すぐに馬車に乗って現地へ向かうぞ」


「畏まりました」


 メイドを伴って俺は馬車に乗り込む。玄関には父の姿があったが、俺に声をかけてくることはない。


 どうせ現地で顔を合わせる。俺は父に軽く手を振って、次いで扉が閉まると馬車はゆっくりと動き出した。まっすぐに会場を目指す。




 ▼△▼



 片道一時間ほどかけて魔物狩りの会場に到着した。


 会場とはいえ外。すぐに森の中へ入れるように、正門のそばには仮設のテントがいくつも張られていた。


 装備を身にまとい、やる気に満ちた参加者たちを一瞥しながら俺もまた馬車から降りる。すると、その直後、


「まあまあまあ! オニキス様じゃありませんか!」


「げっ! クロエ嬢……」


 女性特有の高い声を発しながら、装備をまとった銀髪の少女クロエがこちらにやって来た。


 そうか……彼女もスキルは持ってるし、自分の実力を誇示するタイプだ。参加していないわけがない。


 目の前にやって来たクロエを見て、俺は戦々恐々とする。


「いま、わたくしのことを見て『げっ!』って言いましたよね?」


「気のせいだろ。げっ歯類と言おうとしただけだ」


「それは逆にもっと失礼では!? わたくし、別に歯は普通でしょう!?」


 ずずいっと顔を近づけてくるクロエ。誰か助けてくれと言わんばかりに背後の護衛の騎士たちへ視線を送ると、


「こんにちは! オニキス様!」


 俺の視線の先に、なぜかが立っていた。


 さも当たり前のように護衛たちの間に彼女が挟まっている。飛びきりの笑顔だ。髪色を含めてその服装を見間違えるはずがない。


「く……クラリス、様!?」


 やばい。この場に原作ヒロインと、原作悪役子息と、原作悪役令嬢が揃った。


 悪役の割合が多いように見えるが、不思議と修羅場の予感がする……。


 事実、俺に話しかけたクラリスを見て、クロエが瞳を細めた。クラリスもまた、俺の前にいるクロエを見て瞳が細くなる。


 二人とも、互いに無言で見つめ合う。




———————————

あとがき。


ヤンデレとドMがばったり遭遇⁉︎

これが……修羅場か⁉︎

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