第14話 衝撃のM

 鈍い音を立ててケルベロスの首が地面を転がった。


 ケルベロスは自分が攻撃されたことに遅れて気づく。慌てて地面を蹴って後ろに下がった。


 その様子を眺めて俺はにやりと口端を吊り上げる。


「ふふッ……格上相手にも使えるな、このコンボ」


 魔眼による対象の停止。剣術による奇襲。魔眼の固有能力さえあれば、どんな相手にも必ずを決めることができる。


 タイミングさえ間違わなければ、相手は攻撃される瞬間まで俺の存在を認識すらできない。


 完璧だ。まさにチートスキルで心が躍る。


「い、いまのは……希少スキルの魔眼ですか!?」


 少し離れた所ではクロエが未だに驚愕していた。ちらりと彼女へ視線を向けてやると、


「あ、あの布はそういう目的で……!」


 妙に悔しそうに拳を握り締めていた。なにか言いたいことでもあるのだろうか?


 だが、いまは彼女の話を聞いてやれる時間はない。


 ケルベロスが大きな雄叫びを発し、完全に俺のことを敵だと認識する。今度は容赦なく俺のことを殺しにかかった。




 ▼△▼




 ——不気味な男。


 オニキス・アクロイドを久しぶりに見た時、クロエはたしかにそう思った。


 それは以前はしていなかった目隠しがあったからだと思っていたが、その違和感にいま気づく。


 スキル〝魔眼〟。


 数あるスキルの中でも相当希少と称される能力で、魔眼の数だけ固有能力が存在する。


 そんなスキルを持っているとは知らなかったクロエ。目の前でケルベロス相手に踊るように剣を振るオニキスの姿を見て、


「(あの感じ……兄ジェットと同じ剣術スキルも持っているんですの? ありえません。少し前までは無能だったはずなのに!)」


 と唇を強く噛み締めた。


 心の底から見下していた相手に守られるのが悔しい。本当なら自分もいますぐ立ち上がって戦闘に参加すべきだ。相手は大型。普通に考えてまだ15歳のオニキスが勝てる相手じゃない。


 だが、オニキスは焦りを顔に出すことなく攻め立てた。上手く魔眼を使って相手の攻撃を防いでいる。


 その姿に、いつの間にかクロエは魅了されていた。


「速い……どの動きも最適化されている。スキルの発動タイミングもばっちり。隙が見つかりませんね……」


 どこを見ても、何度見てもオニキスは完璧だった。いっそ惚れ惚れするほどの動きでケルベロスを翻弄する。


 自分ではああも順調に戦えなかっただろう。焦りや不安が邪魔をして1分ともたないことを彼女は知っている。


 だからこそ、オニキスはどうしてあそこまで冷静に戦えるのか疑問に思った。


 技量だけじゃない。その心の在り方すらオニキスは完璧だった。


「(まさかわたくしが……他人の才能に嫉妬するのではなく、尊敬の念を抱くことになるとは……)」


 ほかの騎士たちも動けないでいた。オニキスを守るべき護衛騎士ですら、オニキスの常軌を逸した動きの前に固まっている。


「(あ、ケルベロスの脚が斬れた。いつの間にあんな所まで跳んで……!? 速すぎて目で追えない——)」


 その戦いは天上にまで上り、なおもオニキスは鋭さを増していく。


 徐々に傷つき、限界が近づくケルベロス。必死に前脚を振り、奥の手である炎すら吐き出してもなお、オニキスに攻撃が当たることはなかった。


 周囲の障害物すら利用し迫るオニキスの一撃が、とうとう、ケルベロスのもう一つの首を切断する。


 確実にオニキスの勝ちだった。このまま、後は残る首を切断して終わり。それがクロエにはハッキリと解った。




 ▼△▼




 ——いける。


 何度もケルベロスの動きを見ていく内に、相手の癖や攻撃パターンを全て見切った。


 まさか大型の魔物がこんなに弱いとは思ってもみなかったな。……いや、違うか。


 新たに入手した超級スキルの魔眼が強すぎる。


 この目は格上の動きすら見切り、固有能力を使えばどんな攻撃も避けられるし当てられる。


 魔眼無しで戦えば確実にケルベロスに負けるだろう。そう思えるくらいにはこの目は便利すぎた。


 徐々に焦りを見せるケルベロス。一歩後ろに下がって隙を出し、それを逆に近づくことで詰めた。


 チェックメイト。反応が遅れたケルベロスの最後の首が落ちる。


 大量の血が地面を赤く染め上げ、鈍い音を立ててケルベロス自体が地面を転がった。


 意外なほどあっさり勝てたことに感動しつつ、踵を返して振り返る。俺の視線の先には、未だ腰を下ろしたままのクロエがいた。


 彼女に声をかける。


「なぁ、クロエ嬢」


「な……なんですか?」


「さっきの勝負、もちろん覚えてるよな?」


「しょ、勝負?」


「どちらがより多く、もしくは質のいい魔物を倒せるかってやつだよ」


 忘れたとは言わせない。お前の鼻をへし折るのも大事な俺の役目なんだぞ。


 彼女は思い出したのか顔を青くする。


「その顔は思い出したって感じだな……。解るだろうが、お前、大型倒せなきゃ確実に負けだぞ? どうする?」


「そ、それは……」


 あらら。上手い言葉が見つからなくてクロエは黙ってしまう。


 これ以上はさすがに虐めになるかな? 俺はクロエの下まで歩いていき、倒れたままの彼女に手を差し伸べた。


「別に自信を持つのは悪いことじゃない。けど、これに懲りたらあんまり他人に突っかかるのはやめろよ? 自分の首を絞めることになるぞ」


「ッ!」


 なぜか顔を真っ赤にして視線を逸らすクロエ。俺の説教が嫌だったのかな? それでも俺の手を掴んで立ち上がると、


「わ、解りました……忠告、ありがとうございます。今後は、あなたの言葉に従えばいいのでしょう?」


 とかなんとか言い出した。


 俺の言葉……突っかかるのはやめろ、のやつか。そのとおりだと頷く。


「ああ。少なくともお前より俺のほうが強い。俺の言葉は信用していいよ」


「~~~~! は、はい……従います」


 やたら大人しいがこれでクロエが悪役令嬢になる可能性は低くなっただろう。


 顔だけはいいんだから頑張っていい子になってほしいな。


 その後、クロエはケルベロスの死体を回収して別れるまでの間、ずっと大人しかった。しかし、妙に彼女から熱視線をもらったような気がするのは……なぜだ。




「…………これが、誰かに命令される感覚、ですか。人より劣るのは……存外……くふっ」




———————————

あとがき。


実は酷い目に遭いたいと思っていた⁉︎(自分よりも強者であるオニキス限定)

またしてもヤバいヒロイン誕生⁉︎

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る