第13話 大型の魔物

 クロエ・エインズワース。


 エインズワース侯爵家のご令嬢で、魔法を得意とするエインズワース家の中でも特に才能に秀でた女性。


 その実力は主人公やヒロインに匹敵するほどで、実際、彼女は作中でヒロインと戦って勝利を収めている。


 だが彼女は悪役令嬢だ。その先に待つのは破滅のみ。まさにオニキスによく似たキャラクターと言える。




「はああッ!」


 そんなクロエが、細長い剣を手に魔物と戦っていた。


 彼女は魔法系スキルを持つ魔法使いのはずだが、剣術もそれなりに嗜んでいる。小型の魔物くらいなら苦戦せずに相手ができている。


 鋭い突き技がゴブリンの眉間を貫き、一瞬にして絶命に至らせた。見事な力量だ。


「……さて、そろそろ出てくれますわよね? 覗き魔さん」


 魔物を倒したクロエがくるりと踵を返す。その視線が、茂みの向こう側にいる俺を捉えた。


 別に隠れていたつもりはないが、ずいぶんと鋭敏な五感を持っている。俺は茂みから出て彼女に挨拶した。


「こうして顔を合わせるのは久しぶりだな、クロエ嬢」

「あなたは……目隠しをしていますが、雰囲気で解りました。パーティーでよく顔を合わせたことがある、オニキス様ですね? まさかオニキス様と外で出会うとは」


 知り合いが出てきたことでクロエの警戒心がわずかに薄まる。それでも俺から目を離さないのは、外ではなにが起きても不思議ではないからだ。


「オニキス様も魔物討伐を?」


「ああ。最近はよくやってる。クロエ嬢も?」


「はい。わたくし、自分が強くないと気が済まないタイプですから」


 ——知っている。俺はそれをよく知っている。その性格のせいで破滅する君の未来の姿までもね。


 だが相手にそれをやめろと強制させるのは難しい。クロエはそもそも人に言われて止まるようなタイプでもないし。


 ビジュアルだけは俺が大好きな銀髪美女なんだが……どうにかして、彼女の性格を矯正できないものかな。


 そう考えていると、不意にクロエが口端を吊り上げて言った。


「そうですわ! オニキス様は名門の子息。たしかジェット様は剣術スキルを持っていましたね。オニキス様はスキルがなかったようですが……それでも強くなろうと努力してる。そこで……よかったらわたくしと勝負しませんか?」


「勝負?」


「ええ。魔物を倒してその数や質を競うのです。最初からオニキス様が勝てるとは思っていませんが……実力を測るには良い提案では?」


「ふむ……」


 正直俺が彼女の提案に乗るメリットはない。別に実力を誇示する必要もないし、俺はあくまで魔眼の実験に訪れただけ。彼女を無視して魔物を討伐するのがベストだろう。


 だが、逆にクロエの性格を矯正するのに使えそうな勝負だった。


 クロエはプライドが高いから、スキルが無いと思っている俺に負けたら、理由がどうであれ悔しがるはず。そこを突いて精神的にボコボコにすれば、あるいは未来が変わるかもしれない。


 女性を虐めるのはちょっと心苦しいが、これも悪役令嬢を助けるためだ。巡り巡って俺のためになるかもしれない。


 第一、彼女がいると場合によっては俺の迷惑にもなる。早々にシナリオからフェードアウトしてもらおう。


「……解った。その勝負に乗ろう」


「ほ、本当ですか? オニキス様がわたくしと勝負を……?」


 なぜか提案した側のクロエが驚いていた。けど俺の意思は変わらない。


「ああ。問題ない。負ける気はさらさらないからな」


「ッ! い、いいでしょう……! そこまでオニキス様がやる気を見せているなら、わたくしが力の差というものを教えてあげますわッ!」


 プライドを刺激されたクロエが額に青筋を浮かべて体を震わせていた。


 もの凄い怒ってるな。短気というか堪え性のない奴だ。


「ルールは?」


「簡単です。ひたすら魔物を倒してここに運べばいい。その数と質で競い合うのです!」


「たしかに簡単だな……解った」


「では始めましょう。わたしとオニキス様の——」


「——グルアアアア!!」


 クロエの言葉は最後まで続かなかった。


 彼女の声を切り裂き、遠くのほうから盛大な雄叫びが響く。俺もクロエも同時に声がした方へ視線を送る。


 いまの声は……ただ事ではなかった。嫌な予感がしながらも、徐々にこちらに大きな足音と破壊音が響く。


 しばらくして、周囲の木々を吹き飛ばして現れたのは——、


「グルアアアア!」


 大きな黒い犬。10メートルすら超えて伸びる胴体に手足。首が三つもあり、そのどれにも凶悪な顔がついていた。


 子供でもよく知るの魔物の一種。恐怖の象徴とさえ言われる——〝ケルベロス〟だ。


「ど、どうして……こんな所にケルベロスが!?」


 驚くクロエ。大きく目を見開いて絶望していた。しかし、俺だけが冷静に状況を見定める。


「ケルベロスか。初めて大型を見るな。さすがに威圧感が中型とは段違いだ」


 殺意を迸らせるケルベロスに対して、俺は剣を抜いてクロエの前に立つ。震える声で彼女は言った。


「ま、まさか……あのバケモノと戦うつもりですか!? いけません! 二人でいますぐ逃げないと……!」


「勝手に逃げろ。お前が逃げる分の時間は稼いでやる。俺はどうしても……あいつを殺さないと気が済まないんだ」


 心に小さな不安すらない。俺は転生した直後からそうだった。


 今回も乗り越えられる自信がある。いまの俺には超級スキルがあった。これを使えば大型の魔物が相手だろうと問題ない。


 がくがく震えるクロエの前で、俺はゆっくりと目隠しを取る。隠していた赤眼が露になり、それを見た瞬間にケルベロスが地面を蹴った。


 一足で目の前にやってくる。俺の体より太く大きな腕を振り上げて、鋭い爪が頭上に——。


「————〝止まれ〟」


 スキル超級魔眼が発動。


 石化の力でケルベロスの動きがぴたりと止まった。ちょうど俺の頭上にケルベロスの腕がある。


 急に時間が止まったかのような現象を見て、背後ではクロエが、


「え? え!? な、なにが……」


 と困惑していた。彼女には魔眼の説明をしていなかったからな。しょうがない。


 だが説明している時間ももどかしい。俺は剣を手にケルベロスの側面に回ると、それを両手で握り締めてから構える。そして、鋭く、より重い一撃をケルベロスの首元に向かって打ち込む——直前に、石化の効果を解除した。


 動き出すケルベロス。ケルベロスの腕は虚空を踏み潰し、代わりに——その首の一つが俺の剣で斬り飛ばされた。


 クロエがあんぐりと口を開く。




「え、——ええええ!?」




———————————

あとがき。


クロエ「当たり前のように大型の魔物に攻撃してる⁉︎」

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