第12話 悪役令嬢

 父から許可をもぎ取って、三人の騎士たちとともに王都の外へ出る。


 広大な森を一瞥して歩き出すと、背後から女性の声が聞こえた。


「オニキス様……本当に外で魔物を討伐するんですか? まだ15歳なのに」


 そう言ったのは新たに俺の護衛に加わった女性騎士ハイネ。


 膂力で男性に劣るものの、鋭い剣術と足の速さに定評があるらしい。俺はよく知らないが、弟がいるから面倒見もいいとか。


「前回も魔物を倒しているから問題ない。お前たちは暇だろうがしっかりそこで見ていろ。俺がいいと言うまで手を貸すなよ?」


「は、はぁ……」


 ハイネからしたら、守るはずの俺が嬉々として先頭に立つのが理解できないのだろう。それでも俺はそこいらの子供より強い。


 いまは超級スキルも獲得してなお強くなっているはずだ。


「そもそもあの布はなんですか? あれじゃあなにも見えないんじゃ……」


「お前まだ話を聞いてないのか? オニキス様のスキルだよ」


「スキル?」


「〝魔眼〟だとよ。ああして布で覆っておかないと脳への負担が尋常じゃないらしい」


「剣術に治癒に魔眼!? オニキス様って何者……!?」


 同僚の男性騎士から話を聞いたハイネは、事前に知っていた俺の情報と照らし合わせて唖然とする。


 俺の正体? は誰にも話せない。チュートリアルも同じだ。


 誰にも話さないまま俺はさらに強くなる。それが自分を守るためにもなるし、なにより強くなるのは楽しいからな。


 いまではそういう娯楽的な要素も含まれていた。




「——!」


 ハイネの呟きを拾っている内に、遠くから魔物の気配を察知する。


 この魔眼、ある程度離れている場所にいる生き物の魔力も視えるんだよねぇ。超便利。


 少しして足を止めた俺の前に数匹の魔物が。どれも小型の〝ガルム〟だった。


「チッ。ただのガルムか」


 いまの魔眼を入手した俺の相手じゃないな。


 それでも油断はしないが、できれば中型以上の相手に出てきてほしい。


「グルルルルッ!」


 片やガルムの方はやる気まんまんだった。血走る赤い瞳をこちらに向けると、数体の仲間たちとともに地面を蹴って向かってくる。


 俺はまだ剣すら抜いていなかった。


「オニキス様!?」


 ハイネが叫ぶ。しかし俺は余裕の態度で目隠しに触れると、


「——問題ない」


 目隠しを上にズラした。魔力が前方に放たれる。


「————」


 音が消えた。


 ガルムの足音も。ガルムの息遣いも消失する。残ったのは背後で息を呑む護衛たちの声だけ。


 それ以外の……前方にいるガルムたちは、その全てが動きをぴたりと止めていた。開かれた瞳は一切の瞬きがなく、走ったままの状態で石像のように固まっている。


 まさに彼らの時間だけが切り取られたかのようだった。


「これが魔眼の固有能力……〝石化〟か」


 その効果は、一時的な仮死状態の付与。


 あの狼たちは目の前でただ止まっているかのように見えるが、厳密には死んでいるらしい。


 存在そのものが停止し、あらゆる干渉を受けつけない。


「この状態の敵に攻撃しても無意味だったかな?」


『回答:そのとおりです。攻撃を通すには、一度能力を解除する必要があります』


「微妙に欠陥スキルなんだよなぁ……それでも強すぎるけど」


 返ってきたチュートリアルの返答を見て、俺は小さくぼやくと前方に向かって歩き出した。


 昨日の内に、この能力を使ってなにがやれるのか考えてみた。その結果、効果の発動中に攻撃ができないなら、効果の解除に合わせて攻撃を加えればいい。


 発動中は相手は動けないし、思考すら巡っていない。だからこうやって近づいても気づかない。


 ガルムの背後に立ち、剣を薙いだ瞬間——能力を解除する。


 再びガルムが動き出し、——その直後に首を斬り飛ばされる。


 綺麗に3体ほどのガルムの頭が飛んだ。くるりと回転して地面を転がる。


 頭部を失った体のほうも足をもつれさせながら倒れた。勢いだけはなかなか止まらず、血を流しつつ地面を赤く染め上げた。


 作戦成功。剣術スキルの補正があるから狙いは狂わないし、タイミングも問題ない。


 剣術スキルと魔眼スキルの組み合わせは優秀だな。


「あれが……魔眼スキル……」


 独特な殺し方を見せた俺の戦法に、騎士ハイネは尊敬の眼差しを向けた。


「凄い! オニキス様はあのような力をもう持っているんだ! 戦ってみたいなぁ……」


 じー、っという熱い眼差しが俺の眉間に突き刺さる。


 だが残念。俺は無意味な戦いはしないし、対人戦闘をするなら家に帰ってからだ。外にいる間はひたすら魔物を殺すと決めている。


 ハイネの視線を無視して踵を返すと、


「お前たちは死体を回収しろ。終わったらすぐに移動するぞ」


 騎士たちに命令を出して休憩に入る。一応、近くに魔物がいないかだけ確認した。




 ▼△▼




 俺が倒した魔物を騎士が回収しつつ森の奥を目指す。


 基本的に魔物は、あらゆる生き物が持つ魔力を本能的に恐れている。それゆえに、人が多く密集している町などから遠ざかる傾向にあるのだ。


 無論、一部の強大な力を持つ個体や、群れを成す魔物は例外だが、要するに人里から離れた場所にこそ魔物は多い。


 今回の場合は森の奥に行けば行くほど魔物と出会える。だから俺はひたすら歩いた。


 道中発見した魔物は全て殺し、そのたびに護衛の騎士たちは称賛の言葉をくれた。特に新参者の女性騎士からは凄まじかった。


 途中でうるさかったので注意されるほどやかましい声を発していた。


 そんなこんなで歩くこと数時間。魔物の死体回収の休憩を含めているが、それでもかなりの距離の道を踏破した。


 そろそろ引き返して自宅に戻ろうかと考え始めていたところに、俺たちとは別の気配を探知する。


 ——人だ。声が聞こえる。それも女性の声。


 剣戟の音まで聞こえてきたので、気になった俺はそちらに向かってみる。


 少し歩いた先では、小型の魔物数体に囲まれている銀髪の美少女が。さらりと腰まで伸ばしたその髪色と、チャームポイントの黒い帽子。おまけに時折見えるその顔と瞳は……俺の記憶にある人物と酷似していた。


 記憶にある人物より若干若いが……間違いない。まさかこんな場所で彼女と会うことになるとは。




 クロエ・エインズワース。




 この世界における原作の——悪役令嬢だった。




———————————

あとがき。


※ネタバレ

この子も結構なアレ()

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