第6話 小さな英雄

 王都の正門付近で騒ぎが起こっていた。


 どうやら人が倒れているらしい。耳に入ってきた情報によると、倒れているのは女性冒険者。男性冒険者の仲間を守って魔物に攻撃されたとか。


 そのせいで腹には大きな傷が。このままだと出血が止まらず、神官が来る前に死亡する可能性もあるのだと言う。


 深刻な状況だ。


 そして、いまの俺には、その問題を解決できるかもしれない力がある。




 ——中級スキル、中級治癒。




 これがあれば彼女の怪我も治せるのだろうか?


 そう思った矢先に、俺の目の前にウインドウ画面が表示された。


【クエスト発生:女性冒険者を治療せよ】


「……ははっ」


 まるで図ったかのようなタイミングだ。


 チュートリアル自体が俺の背中を押している。悪役ではなく聖人のようになれ、と。


 だがしょうがない。クエストが発生したならそれを終わらせないとな。


 内心でくすりと笑って、俺は倒れている女性冒険者の下へ向かった。


「オニキス様? どこへ……」


「あの女性冒険者を治療する」


「ち、治療!? どこでそんな知識を……」


「先ほど覚えた。問題ない」


「は?」


 騎士たちは俺の言葉が理解できなかった。


 当然だ。本当に先ほど治癒スキルを獲得したばかり。チュートリアルのことを知らない騎士たちからしたら、俺の頭がおかしくなったと思うだろう。


 けれど事実だ。


 人混みを避けながら女性冒険者の前に。俺が歩み寄ると、そばにいた男性冒険者がこちらを見上げた。


「き、君は……?」


「通りすがりの一般人です。治癒系のスキルを持っているので彼女を治療しましょうか?」


 あくまで態度は一般人らしく、なおかつ子供らしく男性冒険者に言った。


 男性冒険者は目を見張る。


「ほ、本当かい!? 君は彼女のことが治せるのか!?」


 がしり、と手を掴まれた。必死の形相だ。


 後ろでも騎士たちが、


「治癒スキル!? あれだけの剣術を見せておきながら治癒スキルも持っているのか!?」


「嘘だろ……? 複数のスキル保有者なんてめちゃくちゃ貴重じゃないか……!」


 俺の言葉を聞いて激しく動揺していた。


 しかし、いまは騎士たちは無視だ。まっすぐに男性冒険者を見て答える。


「絶対とは言い切れません。ただ、神官様が来るまでの時間稼ぎにはなるかも」


「頼む! それでいい! お願いだから……彼女を助けてあげてくれ!!」


 感極まって涙すら流す男性冒険者。そんな彼の肩に手を乗せる。


「解りましたから落ち着いてください。すぐにスキルを使用します」


 言って、俺は倒れた女性冒険者の腹部に手をかざす。


 近くで見るとより傷は深い。かなりグロテスクだが、ここでも俺の冷静さは活きる。


 氷のように淡々と、どこまでも落ち着いてスキルを発動した。


「————〝治癒ヒール〟」


 かざした手のひらに、薄緑色の光が現れる。


 その光が女性冒険者の傷口周辺を包み、がくっと俺の体内から魔力が外へ流れていった。


 魔力を消費しない剣術スキルとは違う感覚だ。一瞬にして疲労がやってくる。


 だが疲れている暇はない。この状態をキープし、彼女の傷口を——治した。


 まるで皮膚が逆再生でも始めるかのように傷口を塞ぎ、先ほど青かった女性冒険者の表情を自然なものへ戻す。


 ややあって、俺はスキルを解除した。


 優しく彼女の腹部に触れると、




「——うん。傷は完全に治りましたね」


 そう男性冒険者に報告した。


 途端に、男性冒険者の涙腺が決壊する。だばー、と大量の涙を流して感謝の言葉を口にした。


「あ……ありがとう!! ありがとう……! 本当に、君は……命の恩人だ……!」


 いきなり男性冒険者に抱きしめられた。


 痛くて苦しかったが、彼の気持ちは理解できるので引き剥がそうとした騎士たちに「問題ない」と言って下がらせる。


 するとそのタイミングで、周りを囲んでいた野次馬どもが騒ぎ出す。


「うおおおおお!? すげええええ!」


「見たかいまの! かなり高位の治癒スキルだぞ!」


「まだあんな若いのに立派だわ!」


「小さな英雄が誕生したぞ!」


 わーわーと本人たちを置いてけぼりにして声を張り上げる。


 うるさい。そして体は痛い。


 いろいろ面倒な状況になってきたが、自分の力で誰かを救ったという事実に俺は満足していた。


 ……たまには、こういう風に感謝されるのも悪くないな。




 ▼△▼




 オニキスたちがしばらくの間、正門のそばで騒ぐ中。


 ようやく通報により駆けつけた神官服の女性が、お祭り騒ぎのような光景を見て困惑した。


「あ、あれ……? 重態の人がいるって話じゃ……」


「おお、神官様か! まだ小さいのに凄いですねぇ」


「ああいえ、私はまだ神官見習いでして……他の方が忙しいようだったので、ひとまず繋ぎで私が来ました。重態の患者さんはどこに?」


 話しかけてきた老人に、金髪の少女は訊ねる。


 老人はにこやかに笑って集団の中に指を向けた。


「あそこじゃ。だが、もう治療は済んでおる」


「え!? 他にも神官様が?」


「いんや。親切な若者がたまたま居合わせてな。治療スキルを使って女性冒険者を救っておったぞ。大したものじゃ。あれだけの傷をあんな子供が……」


「子供……?」


 少女はちらりと集団のほうを見る。目を凝らしてじっと見つめ続けると……やがて、その中心に一人の少年がいるのに気付く。


「彼が……私の代わりに患者さんを救ったんですか? 同い年くらいの子供に見えるのに……」


 そのとき抱いた感情を言葉にするなら、——素直な尊敬だった。


 まだ経験も浅い自分と同じくらいの子供が、あれだけの人に感謝されている。そのことに、彼女は強い興味と——高揚を抱く。


「凄い……本当に、凄いなぁ……」


 手にした杖を強く握り、彼女は一歩前に歩みを進める。


 話を聞きたい。聞かなくちゃ! と張り切ってオニキスの下に。





———————————

あとがき。


ヒロインは助けられた側じゃなくて、助ける側だったのさ!


次回、オニキスピンチ!?

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