第7話 厄介な女に目をつけられた
「あ、あの……!」
「ん?」
急に背後から声をかけられた。
女の子だと解ると、振り返って——直後に硬直した。俺の視線の先には、白を基調とした神官服の少女がいる。
彼女は、やや照れた赤い顔で言った。
「お名前を……お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
——まっずい。
俺は内心で心臓が張り裂けそうなほど困惑していた。
なぜって……彼女の顔に見覚えがあるからだ。俺の記憶が間違っていなければ、彼女は——この世界のヒロインの一人。
見習い神官から聖女へと成長を遂げた脅威の救世主。多くの人々から信仰を集めた偉大なるキャラクターだ。
名前はたしか……。
「あ、まずこちらが名乗るのが先でしたね! すみません。なんて話しかけたらいいのか解らなくて、無駄に緊張しちゃって……。わたしはクラリス。クラリス・アークライトと申します!」
「————」
完全に言葉を失った。
名前までヒロインと一致していたら、外見だけが似ている説を推せない。
確実に彼女はこの世界のヒロインだ。
まさかこの冒険者たちを助けるのが彼女だったとは……いまの俺は、その手柄を奪ったって形になるのか?
「……お、オニキス。ただのオニキスだ……」
一応、訊かれた以上は無視もできなかった。家名を名乗らなかったのは、ぎりぎりの妥協点と反抗だと思ってくれ。
しかし、彼女は特に気にした様子もなく笑みを浮かべた。
「オニキス様ですね! ありがとうございます!」
「ありがとう……?」
「はい! あなた様のおかげで、そこに倒れている冒険者の方が救われました。それはとても尊い行いです。神官見習いではありますが、あなた様の清き行いに心からの感謝を……!」
ぱちぱちぱち、と彼女は手を叩く。その拍手がさらに周りにいた野次馬たちに広がり、あたりは盛大な拍手の音で満ちる。
俺は変に目立ちたかったわけじゃない。普通なら称賛されるのは嬉しかったが、ことクラリスに関しては話が異なる。
破滅フラグも、不穏な将来も、警戒していた俺にとって目の前の彼女はその危険なフラグそのものと言ってもいい。
そもそもクラリスは、原作だと横暴に権力を振りかざすオニキスのことが嫌いだった。おまけに神殿関係者。ありえないくらい天敵だ。
「……ん、んんっ?」
俺がだらだらと滝のように汗をかいている最中、背後でかすかな声が聞こえた。
振り返ると、気絶していた女性冒険者が目を覚ます。起き上がった彼女は、
「あ、あれ……? これ、どういう状況?」
と周りを見渡してから困惑した表情を作る。
真っ先に、近くにいた男性冒険者が彼女を抱きしめた。
「よかった……! お前、俺を庇って魔物に攻撃されただろ? 重症を負って意識を失っていたんだ。それを彼が助けてくれた。治癒スキルを使って」
「こ、この子が? まだ子供じゃない」
「歳は関係ないさ。凄い腕だったよ。とりあえずお礼くらい言っとけ」
「そ、そうね……ありがとう。あなたのおかげでわたしは命拾いしたようだわ」
ぺこりと女性冒険者が頭を下げる。
続いて、
「それで……その、治療費なんだけど……」
「馬鹿! そんなの俺が払うから大人しく寝とけ! 担いで宿に連れて行ってやるから!」
「ダメよ! 治癒スキルなんてきっと高額に決まってる……!」
今度はお金の相談か。
たしか神殿だとそれなりのお金で治癒スキルを使ってもらえる。俺くらいの効果だと、まあ平民や冒険者が払うにはかなり高いほうだろう。
神官たちだって生活がある。無償で施すわけにはいかないのだ、何事も。
だが俺は、首を横に振った。
「別に金が欲しくて助けたわけじゃありません。彼女が助かったならそれでいい。俺はこれで。このあと用事もありますし」
そう言って踵を返すと、
「ま、待ってくれ! さすがに無償で助けてもらうなんて……」
と言い出した男性冒険者の言葉を無視して、その場を立ち去った。
背後では、
「なんて器の大きい……」
「あれだけのスキルを使ったあとなのに、一銭たりとも要求しないだと!?」
「彼は聖者の生まれ変わりか?」
「子供ながらに立派すぎる……!」
と次々に褒め言葉が飛んできた。挙句、クラリスまでもが、
「か、カッコイイ……! まるで王子様。聖者様で、偉大な……!」
と口走っていた。
ぞわりと悪寒がした俺は、ついて来た護衛の騎士たちとともに急いで自宅へと向かった。
▼△▼
オニキスが姿を消した直後。
その後ろ姿をずっと見つめていたクラリスは、瞳にハートマークを浮かばせながら呟いた。
「ああ……これは神様の思し召しでしょうか? わたしは運命の相手に出会ったのかもしれません! 慈悲深きオニキス様……なんて素敵な方でしょう」
神官の中には、金に汚い者もいるというのに。
冒険者たちは涙を流し、繰り返しオニキスへの感謝を告げていた。
周りを囲む平民たちも同様だ。オニキスがいかに素晴らしいかを力説している。もはやオニキスが聖者の生まれ変わりだと思う者も少なくない。
ことこの場においては、間違いなく彼は聖者そのものだった。
両手を合わせ、クラリスは神に祈る。
「願わくば……この先も、あの方とともに聖なる道を歩めますように……ぐへへ」
彼女の中に、初めて抱く黒い感情が生まれたのを、まだ誰も知らない。
▼△▼
自宅に帰った俺は、目の前に表示されたウインドウを眺めていた。
そこにはこう書いてある。
【クエスト達成:報酬をプレゼントします。『黒羽根の剣』】
「スキルだけじゃなく、形あるものまでもらえるのか」
『回答:そのとおりです。アイテムなどは専用の空間に収納されています。個体名オニキス・アクロイドの許可により出し入れ可能』
「ふーん……なら見せてくれ、その黒羽根の剣ってやつを」
すぐに何もない空間にひと振りの剣が現れる。落ちてきたそれをキャッチすると、たしかに羽根のように軽かった。
「軽量の剣か。いいな。特殊効果は?」
『回答:黒羽根の剣は取り回しに秀でた武器です。切れ味は高いですが、特殊な効果などはありません』
「そうか。でも今後はこれを使うとしよう。いま持ってるやつより優秀そうだ」
デザインも丸だな。
再び収納空間とやらに剣を戻し、俺はベッドに転がる。暇になるとどうしても先ほどの光景がちらついた。
「クラリスか……今後、俺はどういうルートを辿っていくんだろうな」
あまり関わりたくないと思っていた主要キャラクターと接点を持ってしまった。しかし、彼女は神殿に仕える身。あまり顔を合わせる機会はないだろう。
——そう、思っていた。
▼△▼
翌日。
アクロイド公爵家に、二人の白い装いの男女が姿を見せる。
一発で解った。そいつらは神殿に勤める神官やシスターだと。なんせその中に、昨日会ったクラリスがいた。
彼女は俺を見るとにこやかに笑みを浮かべる。反対に、俺は困惑した表情を作った。
「ち、父上……なんで神官たちがここに?」
「お前に用があるらしいぞ、オニキス」
やっぱりか。
もの凄く嫌な予感がした。
「お忙しい中まことに申し訳ありません、アクロイド公爵様、ご子息のオニキス様。本日はオニキス様に折り入って感謝とお願いがございます」
「感謝と……お願い?」
俺がオウム返しすると、先頭に立った老齢の男性神官が続ける。
「はい。オニキス様へ、——神殿からの正式な依頼がございます」
———————————
あとがき。
おやおや〜?このヒロインはちょっと危ない予感がするぞ〜?
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