第3話 覚醒の時
ジェット・アクロイド。
オニキス・アクロイドの実の兄にして、アクロイド公爵家の正当な跡取り。
彼は、生まれながらにスキルを賜っていた。
それゆえに、スキルを持たぬ、努力もしないオニキスのことを嫌っていた。
オニキスが自分に勝てないことを知っているからこそ、陰湿な虐めを繰り返してきた。
今回の打ち合いも、オニキスの才能を測るため——と言ったが、本当はただオニキスのことをボコボコにしたいだけ。
自分は負けない。同い年どころか年上の剣士にすら勝てるほどの才能を持つジェットは、今日もまた、弟の苦しむ姿が見れると思っていた。
——その、はずだった。
▼△▼
蓋を開けてみてジェットは困惑する。
「(コイツ……一丁前に俺の攻撃を防いでやがる!?)」
父が打ち合い開始の合図を出した。
すぐにジェットは攻撃を行う。
木剣を構えて激しい連撃を浴びせるが、オニキスはそのすべてを防御しきった。
ジェットの予想では、その一連の流れだけで終わると思っていたのに。
「(おまけに顔色に変化がねぇ。余裕ですってか!? 舐めるなよ!)」
ジェットはさらに攻撃の勢いを増していく。
相手の実力を測ることなんて頭の外へ追い出し、全力でオニキスを潰すことにした。
上下左右から激しく木剣が迫る。
オニキスもさすがに防御が苦しくなってきたのか、徐々に体が後ろに下がっていく。
その様子に、ジェットは笑みを浮かべた。
「くくく! どうした、オニキスぅ! へっぴり腰が出てるぞ!」
ぐいぐいとそのまま追い込む。
後は相手の体力が削れるのを待つだけだ。
そのはずだったのに、
「——なるほど。徐々に読めてきたな」
ぼそりとオニキスがそう呟いた。
すると、直後。
ジェットの木剣が空を切った。
「なっ」
それはジェットの攻撃が失敗したことを意味する。
失敗した理由はジェットのせいじゃない。オニキスが——ジェットの攻撃を避けたのだ。
防御一辺倒だったオニキスの中に、〝回避〟という選択肢が増える。
そこでジェットは、先ほどのオニキスの言葉の意味を理解した。
「(まさか……読めたっていうのは、俺の攻撃パターンのことか!?)」
ありえないと一蹴する。
さらに木剣を振ってオニキスを攻撃した。
しかし、オニキスは斜め上から振り下ろされたジェットの一撃を、わずかに後ろへ下がるだけで回避してみせる。
続けて、オニキスが初めて反撃した。
木剣を薙ぐ。
「ッ!」
慌ててジェットはそれを防ぐ。
引き戻した木剣が、オニキスの木剣とぶつかり——ガツンッ!
想像を超える衝撃を受けた。
ほんの数歩、後ろへ下がる。
防御の体勢が悪かった。咄嗟に防御したから力で負けてしまった。
言い訳はたくさん並べられるけれど、ジェットの中ではとてつもない怒りが燃え上がっていた。
「(お、俺を……後ろに飛ばした、だと?)」
ふつふつと、さらに怒りは増加する。
——ありえない。ありえないありえないありえない。
5歳も年下の、それも剣を握り始めたばかりの初心者に、攻撃を読まれて反撃をもらった?
その事実が、ジェットの中で最後の一線を容易く越えさせた。
鬼のような形相で木剣を構える。
「もう……許さないぞ、オニキス。お前はここで……剣を触れなくさせてやるッ!」
ジェットが呻き、勢いよく地面を蹴った。
そこに、手加減の余地はない。
▼△▼
兄ジェットが地面を蹴ってこちらに肉薄してくる。
先ほどより動きが速い。目つきも鋭くなり、本気の殺気を感じた。
——おいおい、ガチじゃねぇかこいつ。
ただの打ち合いだったはずが、どうして殺す気まんまんで剣を振るようになったんだ?
よく解らないが、俺もタダで殺されてやる義理はない。
感覚を研ぎ澄まし、スキルに体を委ねながらジェットの動きを追った。
まだ避けられる。ジェットの動きは速いが、怒りのせいで直線的な動きが多い。
防御と回避を併用し、ひたすらに相手が大きな隙を見せるのを待った。
「クソッ! 逃げてばかりかオニキスぅ!」
「ちゃんと様子を伺ってるよ、兄さん」
ガンガンガンとお互いの木剣がぶつかる。
普通なら兄ジェットの腕力に俺が勝てるはずがない。だが、スキル〝上級剣術〟のおかげで対等に渡り合えていた。
ますますスキルの、チュートリアルの有能さを理解しつつ、ようやく俺へのチャンスが訪れる。
何度も攻撃を弾かれたジェットが、痺れを切らして大技の構えを見せた。
木剣を上段で構え、力ずくで決着を急ぐ。
——それを待っていた。
俺はやや腰を下げてジェットの攻撃に合わせる。
木剣の側面を這うように、ぎりぎりの回避を演出し、ばっと前に出る。
大振りしたジェットは決め手だった一撃が回避されて驚く。同時に、防御はもう間に合わない。
俺もジェットに近づいたことで剣を振る余裕を失ったが、何も剣は振るだけじゃない。
その柄頭でおもいきりジェットの腹部を——殴打した。
「おぐえっ!?」
ジェットは痛みと衝撃で後ろに飛ぶ。
情けなく地面を転がり、唾を吐き散らして悶える。
「いてえええええ! は、腹があああ!?」
じたばたとジェットの転がる無様な姿を見れば、殺意を向けてきた件も許せそうだった。
なにより、いまの俺はジェットより、有能すぎるスキルのほうが気になっている。
まさか同じ剣術スキルを持つジェットにも勝てるとは……。
「——そこまで! 勝負あり。オニキスの勝ち、だな」
父が打ち合いの終了を知らせる。
「どうでしたか、父上。少しは俺の実力を見せることができたと思いますが」
「うむ……素晴らしいぞ、オニキス」
父はにんまりと笑った。
無能だった俺に使い道ができて喜んでいるのかな? 理由はどうあれ、これで少しは家庭内に居場所ができるな。
昔のオニキスは肩身の狭い思いをしていた。
「しかし、どうして急に剣の才能がお前に?」
「剣術スキルを獲得したからですね」
「剣術スキルを!?」
特に隠す必要もないので話すと、父は目を見開いて驚いた。
「後天的にスキルを覚醒させた者はいないはずだが……どうして……」
「さあ。理由はわかりません。ただ、スキルの証明はできたと思うので、疑問を持つよりどう活かすかを考えるべきでしょう」
「う、うむ。そうだな……よし! ならばなんでも用意しよう。お前のためなら金も惜しくない。欲しいものがあったら言いなさい」
スキルを手に入れた途端これか。
この世界では、スキルの有無が人生を左右することは知っていたが……少しだけ、心が痛むな。
——いや、悲しむな。いまのオニキスは俺だ。オニキスの分まで幸せにならないとな。
そう思って訓練用の装備でも頼もうと思った——矢先。目の前にウインドウ画面が表示された。
【クエスト発生:魔物を10体討伐せよ】
「!?」
唐突にチュートリアルがクエストの発生を知らせる。
魔物討伐……いまの俺には相応しい内容だ。
タイミングも狙ったかのようにちょうどいい。
俺はにやりと笑い、
「でしたら父上、ひとつだけお願いをしてもいいでしょうか?」
「お願い? ああ。なんでもいいぞ。私が叶えられることならな」
「では俺は——」
父に素朴な願いをする。
俺にとって素朴な願いを。
「——外へ行きたいです。魔物を狩りに」
———————————
あとがき。
兄、ざまぁされる⁉︎
そしてオニキスは新たな力を求めて、クエスト達成に乗り出すのだった
果たして次の報酬は……
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