第10話:竜の温泉旅行②

「着きました、ここです」


 俺、国渡亮はとある大きな旅館の駐車場に車を止めた。


 山に囲まれ、川が流れるいわゆる昔ながらの温泉地。紅葉シーズンということもあって、観光客がたくさんいるようだ。


「ちょっと、部屋まで煙草止めておいてほしいんですが、大丈夫ですか?」


 さすがにその辺で煙草を吸うわけにはいかない。一応喫煙室は取っているので部屋まで行けば大丈夫なのだが、それまでの時間はパイロープさんに自分の魔力を消費してもらう必要がある。


「うん、それは大丈夫……なんだけど、すごいねここ。でっかい建物だ」


「はい、温泉、ってわかりますかね?」


「うん、あっちにもあった。ただ、こんな大きな施設はなかったなぁ……すごい、楽しみになってきた」


「まぁ、魔力の残量もあると思うので、無理はせず。いられる時間だけでいいので」


「うん。……で、ここで温泉入る感じ?」


 そういえば、結局旅の目的は説明していなかったな。


「ええ。今日は温泉旅行、なので。この旅館一泊で取ってますし、夕食付きなので、パイロープさんがいられる時間だけここにいてくれればと」


「……え? 泊りなの?」


「はい。まぁ、さすがにそんなに長くはこっちにいられないと思うので、俺一人で泊まるつもりですが、温泉にも入ってもらって、できればご飯まで一緒に食べたいですね、美味しいので」


「……これ、元々二人で泊まる予定で取ってたの? 食事つきってことは事前に予約いるよね」


「そう……ですね。まぁ、来なかったら一人分にしてもらうつもりではいましたが」


 当日キャンセルなのでお金はかかるが、そこは仕方ない。


「そっか。うん。そうか……色々考えてくれたんだね。それは――ありがとう。素直に嬉しい」


 こちらの苦労を色々察してくれたようで、深くは聞かず、微笑んで感謝の言葉を述べるパイロープさん。――この人のこういうところ、いいな。色々聞かれたり、変に遠慮されるより、楽しんで感謝の言葉をくれたほうが気持ちがいい。


「じゃあ、中入りましょう。前にも来ましたけど、いい旅館ですよ」


 少し照れ臭くなったので、荷物を手に、速足で旅館に向かう。……二人でここに来れたことが、たまらなく嬉しかったが、それは表には出さないようにした。


◆◇◆◇◆◇


「すごい、眺めがいいね!」


 部屋の窓からは下を流れる川が見えた。紅葉した木々、流れる水、遠くにも色づいた山が見え、とても美しい景色だ。


「ですよね。俺も好きです。……あ、でも異世界だったらもっとすごい景色いっぱいあるんじゃないですか? 前連れて行ってもらった山の上とかみたいな」


「ああ、もちろんあれもすごいけどさ、この景色はなんていうか、美しく整えられているじゃない。きっと余計なものは取り除いて、見せたいものは整えて。それがね、いいな、と思ってさ。向こうだとあんまりやらないんだよね、自然のままの場所がほとんど。それに……こんな、宿の窓からいい景色が見れるなんてこと、めったにないよ、快適だし最高!」


 なるほど。確かに言われてみれば、この風景は、ここから良い景色を見せよう、というサービス精神によって生まれたものだ。当たり前に思っているが、余裕があるからこそできることだし、異世界ではそこまで見栄えなどを意識するには至っていないのかもしれない。


「よかった。ゆっくりくつろぎたいところですが、あんまり時間もないと思うので……温泉入ってもらいますかね」


 パイロープさんは部屋に入るなり煙草に火を付けている。車に乗っているときも基本的に煙草を咥えて魔力消費を抑えていたが、旅館に案内される間もある程度の時間がかかっている。あまり残り時間はないだろう。


「温泉かぁ……当然煙草なんて吸えないよねぇ。気合い入れないとその場で消えて裸で元の世界戻ることになっちゃうな」


「それなんですけど……一応、ここ、部屋付き露天風呂あるんですよね。喫煙可の部屋なので、そこで吸うならまぁ良いかなと。一応旅館にもお願いして、許可取ってます。ちゃんと換気と、灰皿用意して焦がさないように、とは言われましたが」


「ほんと? それ、結構嫌がられそうだけど、許可してもらえたんだ」


「わりとよく来るんで、まぁ特別に、という感じでした。焦げとか、何かあったら弁償するという条件で」


「そうなんだ……こんな高そうな宿に、通ってるのか、クニトくんは……しかも露天風呂付きの部屋って、なかなかないんじゃない?」


「まぁ……そうですね。でも、そうじゃないとゆっくりできないかなと思って」


 温泉では普通煙草は吸えないから、魔力のことを考えると彼女は急いで出ないとならない。ただ、温泉はそうやって焦りながら入るもんじゃないなぁと思ったから、こういう場所を選んだのだ。……結構来てくれるまでに時間がかかったので、旅館に通い詰めることになったし、相応にコストはかかっているが。


「――ありがとね。じゃあさっそく、入ろうかな。……一緒にどう?」


 からかうように言うパイロープさん。まったく。よくないな。


「……いえ、遠慮します。せっかくですから、ゆっくりしてください」


 鉄の意志でその誘惑に耐えた。偉いぞ自分。


「そ? じゃあお言葉に甘えて――」


 いそいそと浴室に入っていくパイロープさん。


「タオルと着替えは脱衣所にあるんで、あとは髪の毛とか体洗うのも置いてあるはずなんで使ってください」


 ……色々細かく説明してからにすればよかったか。まぁ仕方ない、なんとなくわかるだろう、きっと。


「クニトくーん、ごめん煙草忘れた、持ってきてー」


 ……机の上に置きっぱなしだ。仕方ない、灰皿も届けないとだし……。


「はいはい、ちょっとお待ちくださいね……開けますよ、大丈夫ですか?」


「うん、いいよー」


 許可をしたということは、まだ服を着ているのだろう。そう思い扉を開けると――。


「おー、ありがと」


 全裸のパイロープさんがタオルなども特に巻かずに立っていた。……急ぎ目を逸らしたが、その素晴らしいプロポーションは目に焼き付いてしまっている。


「なんで! 全裸なんですかー!!!」


「いや、風呂入るんだからそりゃそうでしょ」


「じゃあなんで俺招き入れたんですか! せめてタオルとかで隠してくださいよ!」


「えーめんどい。ま、それにさ。もう一度見たなら、いいでしょ、一緒に入ろう」


 この人、それが狙いだったな。くそう。パイロープさんが近寄り、こちらの手を取ってきた。いや、ちょっと待ってくれ。


「いや。さすがに……それは」


 目を逸らしつつ、俺は抵抗した。


「私は竜だからね、裸はそんなには気にならないんだ。……ねぇ、クニトくん」


「……はい」


「頼むよ。――たぶん、これが君と風呂に入る最初で最後の機会だろうからさ」


 そうまで言われたら、断れない。――俺自身、別に嫌なわけじゃない。むしろ嬉しくはあるんだ。ただ、その、いいのか? と思ってしまうだけで。冷静に考えたら、二人で泊まるための部屋を予約している時点で、何をいまさら、という感じなのだが。


「――わかりました、先に、入っててください。すぐに行くので」


 ――ここを越えてしまったら、今までの関係にはもう戻れないのではないか、という気持ちがあった。だから、拒否したのだ。いや、考えすぎかもしれない。相手は竜だ。ともに風呂に入るくらい、なんとも思っていないのかもしれない。ただ――今日という日が、俺たちにとって重要な日になりそうな、予感がしていた。



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