第8話:竜の肉
「ということで今日はドラゴンステーキです!」
バァーン! といパイロープさんが両手に掲げたさらに乗っていたのは、適度に焼かれた大きなステーキ。もはやお昼のテレビ番組の様になってしまった竜の宣言を受け、俺、
「前回も言ってましたけど……その、パイロープさんって、竜なんですよね」
「そうだよ。あ、疑ってる? なんか証拠見せようか?」
「証拠……? どうやって」
「んー、とりあえず、こう」
言うなり火を噴くパイロープさん。……なんというか、人が火を噴く光景ってめちゃくちゃシュールだな。本人が特に頑張ってなさそうなのがまた。
「どう? 信じた?」
「いや、もしかしたら、ひょっとこかも」
あれは確か文字通り『竈の火を』吹くんだったと思うが。
「ヒョットコ? よくわからないけど、あとは、そうだね。これでどうだ!」
にょきっ、という音が聞こえたわけではないが、そんなノリでパイロープさんの側頭部に赤黒い角が生えた。
「おまけにこいつも!」
合わせて、背中に大きな翼が生え、尾が覗く。両方とも赤を基調とした鱗に覆われていた。
「これは……さすがに疑う余地はないですね」
降参だ。そして――少しの恐怖を感じた。彼女と、俺は、全く別の生き物であると、突き付けられたような気になってしまった。その直後、角と翼と尾が一瞬で消えたことも、より拍車をかけたのかもしれない。
「そうでしょうそうでしょう。んで、竜だから何? あ、もしかして……これ、私の肉だと思ってる? 尻尾とか、再生しそうだよね確かに」
「いや、さすがにそんな猟奇的なことは考えてなかったです……」
自分の尾を切って焼いて目の前の相手に食わせるとかどんな発想だ。
「んじゃ何? あ、もしかして、共食い的なことを気にしている?」
「……まぁ、そうです。一応、俺たちは、人の肉を食べることは禁忌ですからね」
色々と逸話はあるが、少なくとも現代においてそれはまず行われないし、生理的に拒否感が生まれる。竜は違うのだろうか。少なくとも俺は人型に変化することができる存在を食べたいとは思えない。
「まぁそうだよね。これ、ドラゴンステーキっていうと竜族の肉みたいだけど、これ、商品名なんだ」
「……商品、名?」
「そうそう。これは名前はドラゴンだけど実際はドラゴンじゃなくて、ワイバーンの肉なんだよね。わかる? ワイバーンって」
「……聞いたことはありますが、ドラゴンと違うんですか?」
ワイバーンは確か腕のないドラゴンのことじゃなかったか。
「見た目は似てるけどね。アレは魔獣で、私たちみたいに高度な知性や変身能力はないよ。爬虫類に近いかな。魔力は結構あるし、それを用いて空を飛んではいるけどね」
そうなのか。じゃあ、ドラゴンステーキというのは詐欺では? いや、アレか。カニカマみたいなものか。いいのか? それ。
「まぁ、竜ってほぼ遭遇しないから一般人の認識するドラゴンって、ワイバーンとかヒュドラだったりするからねー。ドラゴンステーキの原料はだいたいそのどちらかです。竜の代替品」
なるほど。なら、まぁいいのか……?
「じゃあ納得したところで、召し上がれ」
目の前のテーブルに置かれる、ドラゴンステーキ改めワイバーンステーキ。見た目は……牛や豚じゃないな、どちらかというと鶏肉に近い気がする。
「ちなみに、毒とかは大丈夫ですかね」
昔のゲームではワイバーンには毒針があった気がする。
「大丈夫大丈夫。毒があるやつもいるけど、処理済みだから」
若干気にはなったが、覚悟を決めて口に運ぶ。……これは。
「ん! うまい……。鶏肉をもっとジューシーにしたような感じですね。それに、やっぱり力があふれるような感覚が」
「魔力も豊富だからね。どれどれ私も……うん! 美味しい! 焼き加減もばっちり」
二人向かい合いながらドラゴンステーキを平らげる。魔力が多く含まれているのか、煙草を消した後もこちらにいることができている。
「はー美味しかった」
「ほんとにうまかったです。ありがとうございますわざわざ。貴重なものなんですよね、たぶん」
魔獣の肉、というのがどういったルートで流通しているのか不明だが、巨大な飛行する怪物は、イノシシやクマとも比較にならないほど危険だし、手に入りにくいのではないだろうか。
「まぁ買うと結構するけど、これは私が倒したワイバーンを加工してもらったものだからさ、お金はかかってないよ」
「え! パイロープさんが倒した、んですか」
考えてみれば竜なわけで、そのくらいの実力は当たり前にあるんだろう、たぶん。
「そうそう。ワイバーンくらいなら余裕余裕。一応冒険者資格持ってるからさ。自分の食べる分だけ加工してもらって、あとは買い取ってもらってるからむしろ儲けが出てるよ」
「なるほど。そうやって生計を立ててるんですね」
竜が事務などをしているイメージはわかなかったが、確かに魔獣がいるような世界であればむしろ荒事専門の仕事があるか。
「そうそう。君たちの世界にも猟師とかはいるでしょ? 似たような感じだよたぶん」
そんなことを話していると、そろそろ元の世界に強制送還されそうな気配を感じた。いつの間にか、そのタイムリミットが何となく自分でもわかるようになってきたな。
「うーん、ワイバーンでもこのくらいかぁ。となると、もっと魔力のあるものを食べてもらわないと長居はしてもらえないなぁ」
「何かあるんですか? 魔力が高い食べ物」
「食べ物、っていうといくつか思い浮かぶけど……例えば幻獣――ユニコーンとかの角とか肉は高い魔力を含んではいる。ただ……まぁ手に入らないね。ユニコーンに関しては色々条約で守られているくらいの貴重な生物だから、見つかったら捕まりかねないし、そもそも知性も高いから食べようとは思わないかな」
天然記念物、みたいなものだろうか。確か、角が癒しの力を持っているとか聞いたことがある気がする。
「じゃあ、ワイバーンとかの肉を地道に食べていくしかないんですかね、魔力を増やそうと思ったら」
「あー……ただ一応、もっと魔力がある生物はいるよ、しかも身近にね」
嫌な予感がする。
「……一応、聞きますけど」
「予想通りだと思うけど、私みたいな竜は莫大な魔力を持っています。あとはエルフや天使、魔族も魔力が高い傾向にあるね」
「全部人型っぽいですけど……さすがに倫理的にアウトでは」
例えばゴブリン、オーク、コボルト、みたいな亜人系でさえ抵抗はある。顔がほぼ牛のミノタウロスだって正直嫌だ。
「うん。肉はね、さすがに緊急時でもない限り食べない方がいいと思う。だから、別の手段を考えよう」
「別……?」
「例えば、髪。特に女性の髪の毛には強い魔力が宿る。これは肉と違って痛みを伴わずに体から切り取れる」
「…………俺にあなたの髪の毛を喰えと……?」
どんな変態だ。
「うーん。さすがにそれはちょっとレベルが高すぎるよね。異世界ならあるいは……と思ったけど」
「異世界をなんだと思ってるんですか」
変態の巣窟ではない。……いや、ネットとか見ると否定はできないんだが。
「だとすると、体液かな。唾液、汗、血液、涙。…………さて、どれがお好み?」
「どれもダメですねぇ! 髪の毛と変わんないでしょうが!」
本気なのか何なのか、真顔でこちらを見つめて言うパイロープさん。嫌。目が笑ってないかこの人。
「ははは。クニト君に特殊性癖がないことは分かったよ。まぁ、ちょっと考えてみよう。……とりあえず時間切れだしね、また」
「……はい、また」
精神的に疲れた。……俺が変な趣味持っていたらどうする気だったんだ、まったく。
元の世界へ戻り、なんとなく色々な想像をしてしまって、大きくため息をついた。
「そもそも、経口摂取じゃなきゃいけないのか……?」
例えば、輸血とかは無理なんだろうか。そんなことを思いながら、帰路に就く。竜の血液型って何だろう、なんてことを考えながら。
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