第7話:竜の料理

「今日はちょっと珍しい料理を食べてもらおうと思います!」


 俺、国渡亮くにとりょうが現状を把握する前に、目の前にいる自称竜を名乗る女性――パイロープさんは言い切った。


「だんだん導入が雑になってません?」


「だって君は煙草吸ってる間しかこっちの世界にいられないんだし、無駄はどんどん省かないと」


 確かに。美味しく楽しめるのはせいぜい二本、十分程度だ。異世界にいられるのはそのわずかな時間しかないのだから、いちいち挨拶や状況説明をするのはもったいない。


「というわけではいどうぞ召し上がれ!」


 パイロープさんが差し出したのは、どんぶりだった。中に透明な麺状と、葉っぱや鶏肉っぽいものが入っている。どことなくフォーを彷彿とさせる見た目だ。アレはもっと白っぽいが。


「……ちなみにこれは?」


「スライム麺!」


 スライムを乾燥させ、細長く切ったもの、らしい。


「…………これ、人間が食べて大丈夫なものなんですよね?」


 仮にこれで腹痛でも起こして病院に行っても何が原因か伝えられないので非常に困る。


「うん、大丈夫。生だとたまに内臓に穴開けられたりすることもあるらしいけど、これはもう一度乾燥済みだから、確実に死んでるし、危害を加えられることはないよ」


「いや、危害とかではなくて、純粋に腹を壊したりしないかを聞いてるんですが……」


「大丈夫! 私は平気だった!」


 おそらく生物屈指の頑丈さを誇るであろう竜と一緒にしないでいただきたい。


「まぁ、せっかく作ってもらったので、食べますが……ヤバそうだったら何とかしてくださいね。どれどれ……」


 覚悟を決めて、麺を口に運ぶ。すると――。


「う、うまい! これ、スープとか香草とか肉が透明な麺と絡んで、絶妙な歯ごたえと風味ですね……フォーに似てるけど、それよりもっと弾力があって、なんか不思議な感じが……味覚とは違う、何かを感じるんですがこれは……」


「それはね、魔力だよ。スライムを始めとする魔物には、魔力が含まれていて、調理してもそれは損なわれないんだ。高級食材と言われるのはそのため。そして――魔物から魔力を取り込むと、その分自身の魔力の増加につながる。つまり、君の場合、こちらの世界に長くいることができるようになるんだよ」


 どや顔をするパイロープさん。魔物を経口摂取すると、魔力が体内に取り込まれるのか。俺が元の世界に戻る理由は魔力切れだから、確かにそれを補えれば、少しでも長居ができるようになるわけか……。


「すごい、画期的じゃないですか。つまり魔物料理を食べれば俺はこっちに長くいられるようになると……」


「そう。さらに、強い魔物の肉だと、魔力量の上限が増えたりもするらしいからね。これからはどんどん、魔物料理をご馳走するよ! そうしたらさ、一緒にいられる時間が増えるしね」


 ニコニコと笑うパイロープさん。それは……素直に嬉しいな。


「ということで第二弾! さあ召し上がれ!」


 パイロープさんが出してきたのはなんと……!


「これムカデじゃないですか!? しかもバカでかい!」


 鳥肌が立つ。そこに鎮座していたのはスープ的なものによって煮込まれた、五十センチはあろうかという大ムカデ。いや、無理、これは無理。


「ちょっと癖はあるけどおいしいよ? あと魔力も豊富だし」


「癖とかじゃなくて、見た目が! ああそうか、虫食が別に忌避するものでもないのかこっちは……!」


 昨今昆虫食が徐々に一般化はしているものの、やはり食材というよりはその辺にいる生き物という感じで俺は正直抵抗感がある。というかこんだけでかいと普通に怖い。虫取りは小さい頃よくしたものだがさすがにこの年になるとなかなか虫を触る機会もない。


「……食べてくれないの?」


「くっ……」


 なんか竜が今までにない表情でしょんぼりしている。こんな技も持っていたのか……! さすが長生きしているだけのことはある……!


「い、いただきます」


 煙草が邪魔だったので消し、震える手でスープを掬う。本体は勘弁してくれ……。


 恐る恐る口に入れる。苦い。


「…………なんというか、薬みたいな味ですね……」


 先入観を消せば薬膳スープとして飲めなくもないかもしれないが、鎮座する巨大ムカデのビジュアルがキツ過ぎる。こっち見んな。


「滋養強壮にはいいんだけどねー。やっぱきついか」


 ははは、と笑うパイロープさん。これわざとだな。


「なんか、体はポカポカするんですが……それに、煙草消してしばらく経ちますが、まだこっちにいられてますね」


「それは魔力が吸収されているからだね。うん。なんとなく理解。あとは好き嫌い次第だなぁ。虫系は全部だめ?」


「……すみません、勘弁してください」


「カエルとか、爬虫類とかは?」


「……原型をとどめてなければ、何とか」


「好き嫌いが多いなぁ。まぁいいや、次は気を付けるよ」


 なにやらメモを取っている。


「でも、これで君をこちらに長居させる方法の目途は着いた。……期待していてよクニトくん。いつか、一緒に色々なものを見に行こう」


「……はい。ありがとうございます。俺も色々考えているんで、期待しててください」


 煙草の煙が繋いだこの縁が、どんどん強くなっていく。いつか、丸一日共に過ごせるような日が来るだろうか……?


「そろそろかな。じゃあまた。次は……そうだね、ドラゴンステーキをご馳走するよ!」


 満面の笑みのパイロープさん。え? ドラゴンって。あの、あなたもドラゴンでは。


「それって、共食いじゃ……?」


 回答を待つ間もなく俺は元の世界へ戻された。……大丈夫なんだろうか。主に倫理的な問題として。


 悩みは尽きないが、ひとまず家に戻ることにした。……念のため、正露丸を買ってから。


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る