第6話:竜のお正月
正月休みも今日で終わりだ。実家にも顔を出したし、仕事前の最後の休日。実家からもらった餅を焼いて食べていた時、ふと、これを竜が食べたらどんな感想を抱くかな、と思った。
「せっかくだし、試してみるか」
身支度を整え、餅を三つレンジで温める、砂糖入りきなこと醤油、海苔を用意した。換気扇の前でそれらを手に、煙草を吸う。そして――。
気が付くと、俺――
「お。いらっしゃい」
「あけましておめでとうございます。前に言い忘れたんで」
「あー、そうだね。あけましておめでとう! 今年もよろしくね。……で、それは?」
俺が両手に持っている皿を指す。
「これ、俺たちの世界で正月に食べるものなんです。よかったらどうかなって」
「へー、ありがとう。……ちょっと待ってね、フォーク持ってくる」
パイロープさんは三つの餅を眺めている。餅は焼こうかとも思ったのだが、きなこの場合は焦げ目がないほうが良いかと思ったのですべてレンジで柔らかくした。
「しょっぱいのがいい場合は、こっちの茶色いほう、甘いのがいい場合は黄色っぽい粉で食べてください」
「どれどれ……ん! 伸びる!」
「そういうものなんです。確か、良く伸びるから長寿の縁起物、という意味があった気が。……ああ、あと、大丈夫だと思いますが、飲み込むとき気を付けてください。亡くなる人もいるので」
さすがに竜が餅をのどに詰まらせることはないと思うが、念のため忠告する。
「へ―……危険な食べ物なんだね……でも、私たちの世界にも似たようなものがあったな、確か。長寿を願う食べ物っていうのも共通だ」
「あ、そうなんですね。結構、作るのも技術がいるんですけど、やっぱおいしいですもんね」
確か、元の世界でもアジアの一部で餅が食べられていたような記憶はある。
「うん。技術もいるし、危険もある。しかし、まさかこれが君の世界にもあるとはね。じゃあ、さっそくいただきます」
パイロープさんは、餅をフォークで突き刺し、きなこをまぶして口に入れた。もぐもぐと咀嚼し、飲み込む。
「へぇ、こんな感じなんだ。美味しい! なるほどね。こっちだとそのまま食べたり、果実水とかに浸したりするけど、こういう食べ方もあるんだなぁ」
「栄養もあるし、大量に作っておいて、保存も利くんで良いですよね」
「保存? そんな技術が……結構これ、作るのも保存するのも大変な印象だったなぁ」
「……確かに、つくのは結構大変ではありますが」
昔餅つきを田舎で手伝ったことがあるが結構な重労働だった。
「……つく? 秘孔的な? 確かにちょうどいい塩梅にするのは難しいって聞くけど」
……何かがおかしい。何かが間違っている。
「…………あの、それ、なんだと思ってます?」
恐る恐る餅を指す。
「え? スライム。白いのは珍しいよね」
「違いますけど!?」
なんか嚙み合ってないとは思ったよ!
「あれ? 私が知ってるのは、スライムを殺さないようにちょうどよく弱らせて食べると長寿になるっていう」
「これは、お餅、って食べ物なんですよ。特別な米から作られてるんです……というか、スライムって食べれるんですか?」
「ああ、うん。スライムはね。乾燥させたのは高級食材として流通してるんだけど、生スライムはレアだよね。弱らせ方次第では命にも関わるし。私も数えるほどしかな食べたことないから、異世界凄いな、と思ってた。違うんだ」
異世界凄いな、はこっちのセリフだ。スライムってゲームの雑魚敵のイメージがあるけど、一応食材として流通しているのか……魔物じゃないのか?
「魔物だよ。種類にもよるけど結構危険な奴もいる。まぁでも、なんでも食べたがる人はいるし、実際美味しいからさ。……食べてみたい?」
「まぁ、興味はありますが……」
魔物食。そういうのもあるのか。元の世界では絶対に食べられないから興味はある。
「なら、今度探して持ってくるよ。楽しみにしてて」
「……そうですね、せっかくの機会ですし」
異世界に来ているんだから、普段食べれないものに挑戦するのも悪くはない。
「楽しみだね! 生スライム!」
満面の笑みを浮かべるパイロープさん。
「いやそっちはいいですって!?」
死ぬかもしれない食べ物を食べさせないでほしい。
「レアなのに」
「まだ死にたくはないんで」
「オモチだって死ぬかもしれないんでしょ?」
「いや、リスクの度合いが違うじゃないですか――」
そんなことを言い合いながら、時間は過ぎていく。――いつかなくなるかもしれないこの時。こんなたわいのないやり取りができるだけ長く続くようにと願った。
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