第5話:竜のおもてなし
今日はいつもの会社帰り。俺――
「おー、クニト君。よかった、タイミングばっちり」
「はぁ……あの、ここは一体?」
どうやら家、のようだ。素材はよくわからないが、白を基調とした、清潔な内装。どうやら俺が現れたのはダイニングのようで、パイロープさんは料理中だったらしく、皿を両手で運んでいる。
「ん。私の家。クニト君、お昼食べた?」
「いえ、まだですが……」
「ますますちょうどいい。前のご飯のお礼、食べてってよ」
出されたのは、トマトがメインに使われた。パスタとピザとサラダだった。いろどりが鮮やかでうまそうだ。……ん、ちょっと待って。家? パイロープさんの?
「えーっと、あの、状況がちょっとわからないのですが」
家ってどういうことだろう。人間の町に家を持っているのだろうか。
「うん。竜の里にある、家だよ」
「……竜の里?」
「そう。ここは竜たちが暮らす里。集落っていうのかな。まぁ、竜がたくさん住んでるとこ。私の出身地」
「……はぁ」
実感がわかない。が、よく考えれば別に俺はここで出歩くわけではないんだから、たとえ立地がどこであろうがあまり関係がないということに気づいた。少し落ち着くことにしよう。ちょうど腹も減っているし。
「煙草を吸いながらで恐縮ですが……いただきます」
まずはサラダを少し。オイルを使ったドレッシングと新鮮な素材の味。うまい。頷きながら、ピザに手を伸ばし、口に入れた。
「あ、美味しい。サラダもですが、野菜の味がしっかり出ててうまいですね」
「ほんと! よかった。前食べさせてもらったのは結構いろんな味してたから、好みに合うか心配だったんだ。どっちかというと素材の味活かしてオイルとか塩コショウとかシンプル目な味付けが多いからさ」
「ほんとです。うまいですね、昔本場のイタリアン食べたことがあるんですが、それに近い感じがします。パスタも……トマトソースがいいですね。美味しい」
制約上煙草は吸いながら急いで食べなければならないが、どれもうまい。食べきれなさそうだし、包んでもらおうかな。
「パイロープさん。全部うまいんで、持って帰りたいんですけど……」
俺が声を掛けたとき、玄関のドアからドンドン、と音がした。ノッカーだろうか。
「はーい。誰だろ。あ、大丈夫持ち帰り用のやつ用意してるから。食べれるだけ食べたらそれ持って帰って家で食べてよ」
おそらく料理が入っているであろうバスケットを渡された。なるほど助かる。とはいえせっかくだし、できるだけ食べておこう。そんな風に食事を再開していると、玄関から声が聞こえた。
「こんにちは。パイロープ、三百年ぶりだね。今少し時間あるかい?」
……とんでもない時間感覚のやつが訪れてきたらしい。竜だろうか。というか、当たり前だけどパイロープさん、少なくとも三百年は生きてるんだな……。
「……イオス!? あんたいったいどこ行っていたの!? ずっと行方不明だったのに!」
三百年行方不明だったのか、スケールが違うな竜。
「まぁ色々あってさ。久しぶりに時間ができたからその辺の話をしようかなと思ったんだけど……お客さんかい? ――人間の、男の人?」
イオスさんとやらが玄関のドアからこちらをのぞき込んできたので軽く会釈をした。すると。
「…………お邪魔をしたねパイロープ。そうか。君にもそういう相手が。私は嬉しいよ。じゃあまた後で」
「ちょ、ちょっと待ってイオスなんか誤解してるでしょいいから入って――入れ!」
パイロープさんが強引にイオスさんを引き入れた。……さっきも思ったけど、竜の外見ってマジで年齢わからないな。イオスさんはウェーブのかかった菫色の長い髪をした、一見高校生くらいに見える少女だった。すごいな竜。
「……文字通りお邪魔して申し訳ないね。こんにちは。私はイオス。パイロープの友人だよ。君は?」
「初めまして。クニトリョウと言います。タバコ咥えながらですみません。魔法? の制約があって。パイロープさんの……一応、友人、ですかね」
「…………へぇ、なるほど。うん。大体わかったから説明はいいよ。詳しくは後でパイロープに聞くけど……時間と場所を限定した転移か。こういったケースは初めて見るね。普通は一回限り、もしくは行って戻って終わりなのに」
「イオスは魔法とか魔術についての研究をよくしていたから、私よりはるかに知識が豊富なんだ。あ、ちょっと私お茶入れてくるよ。座って待っててイオス」
パイロープさんが補足をしてくれる。なるほど、専門家、ということか。説明が省けるのは助かる。しかし、初対面の竜。しかも見た目は年下だが数百年以上も生きている存在と何を話せばいいんだろう。そう思っていたら、相手から話しかけてくれた。
「クニト君。たぶん時間があまりないんだろうから、何かしたいことがあったら優先してくれて構わないよ。私は勝手にしゃべるから、気が向いたら答えてくれ」
「はい。すみませんが食事しながらにさせてもらいますね……」
申し訳ないとは思いつつ、残りの食事を急いで食べる。
「パイロープは、人当たりはいいしある程度まではすぐ仲良くなるんだが、そこから結構壁があるタイプなんだ。この竜の里でも友人と言えるのはたぶん私くらいしかいなかった。今はもしかしたら違うかもしれないけどね。だから……きっと、寂しい思いをしていたんじゃないかと思うんだよ」
「……そうなんですか。意外でした」
初対面の時も話しかけてきたのはパイロープさんだし、なんだかんだ交流に積極的なタイプかと思っていた。
「うん。……色々と伝えたいことはあるけれど、クニト君。彼女と仲良くしてくれてありがとう。今の様子を見ていれば、君のことをとても大事に思っているのは簡単にわかる。そういった関係の友人が増えたことが、私にはとても嬉しいよ」
ずっと年下の様に見える竜だが、さすがに人生……竜生? が豊富らしい。思ってもいないようなことを言われて驚いた。
「そう……なんですかね。正直、さっきの三百年ぶりって話を聞いて、俺とパイロープさんが過ごした時間なんて、彼女にとってはほんの一瞬。俺たちにとっての数日くらいの感覚でしかないんじゃないかな、って思ったんですよね。友人、とは自称しましたが、果たしてそう思ってくれているのか、正直、少し不安になりました」
仮に、彼女が五百年生きていたら、俺と過ごした時間なんてほんの一瞬。夏休み、田舎に帰ったときに数日遊んだ親戚の子供、くらいの感覚なんじゃないだろうか。大人になって、ふとしたときに思い出すけど、顔も、何したかもおぼろげな、そんな相手になってしまうんじゃないだろうか。
「それは違うよクニト君。過ごした期間は関係ない。大切なのはお互いの気持ち、さ。――実際に私も千年以上生きているけれど、人生を変えた出会いは、その中のたった十年間だ。その十年間を共にした、掛け替えのない仲間のために、私は三百年を費やした。そして今も――彼らのために旅をしている。そのくらい、大きなものだったんだ。生きてきた期間のたった百分の一が、私という存在を変えたんだよ。だから……君も自信を持っていい」
イオスさんは、とても優しそうな表情で、そう言った。――そうか、そういうもの、なのか。
「ありがとうございます。なんだか、少し安心しました」
「うん。だから、この時間を、大切にしてあげてほしい。――別れは、いつ訪れるかわからないけれど、私の予想では、君はきっと、パイロープの大事な存在になる」
遠くを見通すような、すべてを見透かすような、菫色の瞳。
「お待たせ。……ん? なんか深刻な話?」
「いや、彼にお願いしていたのさ」
「お願い? 何を?」
「――パイロープをよろしくってね」
「あんたは私のお母さんか。……でも、珍しいね、イオスがそんなこと言うなんて」
「私も変わったんだよ。まぁ、積もる話はあとにしよう。ひとまずお茶をくれないか」
「はいはい。イオスの好きな銘柄だよ」
――二人のやり取りを眺める。煙草はもうそろそろ終わりだ。でも、とても充実した時間だった。美味しい料理と――何より、色々なことを知れた。お茶を一口飲んで、立ち上がる。
「あ、もう時間?」
「そうですね。そろそろ」
「バタバタしてごめんね。また呼ぶよ」
「ええ、ぜひ。イオスさんも、また」
「うん。またね。……クニト君。私からの忠告だ。人の時間は短い。悔いのないよう、今を大事に」
「――肝に銘じます」
手を振り、頭を下げて、別れる。次の瞬間には、家の近くの喫煙所にいた。手には大きなバスケット。
「とりあえず、色々準備しとかないとな」
いつ終わるかもわからない日々だから、せめてその瞬間を最大限楽しめるように。――そんなことを思うようになった自分に少し驚く。そういう意味で、確かに自分を変える出会いに期間は関係ないようだ。
「とりあえず、これに合うワインを買って帰ろう」
幸せな温かさを片手に、俺は家路につく。今度は二人でゆっくりと、酒でも飲んで、話せるといいな。――できることなら、あの友人も一緒に。
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