第4話:竜の異世界転移
「やっぱここのコーヒーは最高だな」
俺――
「小腹も空いたし、ナポリタンでも食べるか」
マスターに注文を済ませ、ゆっくりと煙を吐く。
「……そういえば、こういう場所も喫煙所扱いになるのか?」
パイロープさんの世界への転移はこういう場所でも起こるんだろうか。少し試してみたくはあった。幸いというか、ここはマスターと奥さんの目線は届きづらいので、仮に数秒消えても基本的には問題にはならないだろう。
「――うまいコーヒーを飲ませてあげるのもありだよな……いや、でもさすがにリスクあるか」
たまたま料理を持ってくるタイミングで消えたりしたら面倒だし、タイミングを見計らったほうがいいだろう。
「ご飯食べて、お代わりのタイミングとかにするかなぁ。あ、でもカップ口付けてるし、新しいの何か注文したほうがいいか……」
そんなことを考えていると、突然。
「――お店? 煙草吸えるところもあるんだ」
何の前触れもなく、目の前に煙草を咥えたパイロープさんが現れた。…………なんで?
「ちょ、ちょ、ちょっと、な、なんですかいきなり! え? どういうこと!?」
「まぁまぁ落ち着いて。あ、コーヒー? 私ももらおうかな。いい?」
「あ、はい、え? 夢?」
「現実……かな? まぁそこはほら、人それぞれ考え方はあるし、うん」
そんなやり取りをしていると、マスターがナポリタンを運んできてくれた。……やばい。突然こんな目立つ女性が現れたら、さすがに怪しまれる。奥にいたとしてもさすがに店に入ってきたかどうかくらいは分かるようになってるんじゃないか。
「……お待ちどう」
「あ、すみません。コーヒーひとつ」
パイロープさんはそんなことは気にせずニコニコしながらコーヒーを頼んだ。マスターはオーダーを復唱したのち、俺を、じっ……と見つめると、よくわからないが大きく頷いた。
「…………なんなんだ。まぁ、いいか……」
詮索はしない、ということなんだろうか。考えるのはやめよう。
「しかし、なんでパイロープさんがここに……」
「いや、せっかくだからさ、君の世界にも行ってみたいなーと思って。色々研究してたんだ。さすがに私の意志と力だけではどうしようもないんだけど、君のほうからの魔法の発動気配を感じたら、それを通って逆にそっちに出れるように色々細工をしてさ。見事成功したね。さすが私」
そんな簡単にできることなのか、と思ったけど、よく考えたらこの人見た目通りの存在じゃなかったな。竜なら何とか出来てしまう気もする。
「はぁ……じゃあ、俺が向こう行った時みたいに、煙草吸っている間はこっちにいられるんですかね」
「んー。私は魔力量かなり多いから、ある程度は煙草吸わなくても維持できると思う。ただこの魔法『喫煙所』であることが制約として結構強そうなんだよね。そこから出ると魔力消費が激しそう。まぁ、普通にご飯食べてコーヒー飲んでおしゃべりするくらいは、いれるかな、うん」
「なるほど。煙草吸ってない時は、魔力が消費される感じなんですね」
「そうみたいだね。だから君は煙草捨てた後魔力が切れてすぐ戻っちゃうんだと思う。ただ私は君の数百倍は魔力があるからね。その気になればこの店の外に出てもしばらくは大丈夫だと思うよ。魔力切れで戻った後しばらく寝込みそうだけど」
「そういうもんなんですね。じゃあ、例えばちょっと散歩に、とかは難しいか」
せっかく来てもらったんだからその辺を案内するのも楽しそうかと思ったが、簡単ではないらしい。同時に、俺が向こうに行った時も好きなところを見て回れるわけではないんだろうな。
「そうだね、残念だけど……喫煙所、そんなにどこにでもあるわけじゃないでしょ?」
「そうですね。最近は特に減ってるんで。こうやって食事と煙草両方同時に取れるところはかなり少ないですし、道にもほとんど灰皿とかはないですね」
「それだとやっぱり難しいかな。……ところでクニトくん」
珍しく名前を呼ばれた。
「……はい、なんでしょう」
「それ、私も食べたい」
ナポリタンを指さすパイロープさん。……なんかこの人、段々幼児化してないか? いや、心を許してくれるってことなのかな。
「……どうぞ。追加するんで」
「ありがとう。遠慮なく」
フォークでくるくる巻いて器用に口に頬ばる赤い竜の人。
「ん、美味しい! 向こうの料理は素材そのままを生かしたのが多いけど、こっちは調味料とか香辛料がしっかり使われてる感じだ。ハマりそう。うまー」
もぐもぐ幸せそうに食べている。竜の口に合うナポリタンを出せるなんてすごいぞマスター。
「ここのやつは俺もおすすめなんで、よかったです。……そういえば、パイロープさん、煙草を吸えるところだったらどこにでも来れる感じなんでしょうか?」
例えば、居酒屋やバーなんかはまだ煙草を吸えるところもあるし、そういったところだったら一緒に過ごすこともできるのかもしれない。
「そう。君が、こちらに来たい、と思った時――つまり、世界に道ができたとき、うまくそこに乗れればね」
「なるほど……タイミングもあると思いますが、別のお店にも行く機会、あるかもしれませんね」
「そうだね。それも楽しみ。あとさあとさ、乗り物、ってどうなの? 煙草吸える?」
期待に満ちた目のパイロープさん。なるほど。確かに乗り物だったら、こちらの世界を移動することも可能なのか……ただ……。
「今、公共交通機関は基本的にダメですね。一部の新幹線もダメになったんだか、なるんだか……まぁどっちにしても、基本人がいるのでいきなり出現したら騒ぎになりますよたぶん」
「そっかー残念。色々、見てみたかったんだけどな、こっちの世界を」
「あ、でも」
そうか、公共交通機関じゃなきゃいいのか。
「車だったら、持ち主がOKなら大丈夫ですね。個室みたいなもんだし」
「なるほど! 車か、確かにこっちはたくさん走ってるもんね。あっちだとまだまだ庶民には手が届かないみたいだけど……クニトは? 持ってる?」
キラキラした目で見られても困る。
「いや、あいにく都会で車持つのは結構大変で……そもそもあんまり必要性がないんですよね。ただ、免許は一応あるので、レンタカー借りれば、もしかしたら」
喫煙車が今の世の中あるのかはわからないが、需要は一定ありそうだ。
「お、いいねいいね。じゃあいつか、私を車に乗せてさ、いろんなところ連れて行ってよ」
約束ね、とパイロープさんは笑う。――確かに、それはとても楽しそうだ。まずはどこかで、運転を練習しておかなくてはならないけど。
それから、ナポリタンを食べ、コーヒーを飲み、パイロープさんはデザートのプリンまで平らげた。その間いろんな話をした。――いつもはあんまり時間がないから、新鮮な気持ちだ。
「さて、魔力も減ってきたし、そろそろ帰ろうかな」
「そうですね、もういい時間ですし」
気が付けば、喫茶店の窓から夕陽が差し込んでいた。
俺は会計を済ませ、パイロープさんと共に店の外に出た。
「今日はありがとね、今度向こうで、何かご馳走するよ。煙草吸えるところでご飯食べる時に来てくれたらさ」
「まぁ、俺はあんまり長時間いられないですけど、楽しみにしてます」
「うん。じゃあ、またね」
少し店を離れ、パイロープさんが手を振ったとき、ちょうど夕日が眩しく光った。思わず目を閉じる。すると――彼女はもう、そこにはいなかった。
「――なんか、夢だったみたいだな」
いつもは自分が消える側だったから、気づかなかった。――これが、奇跡みたいな、いつなくなってもおかしくない、時間だってことに。
「とりあえず、レンタカー調べてみるか……いや」
――この時間が、大事だと思うなら。
「幸い、ある程度金は溜まっているし」
車の一台くらい、安いもんじゃないか?
「近くに、中古車店あったかな……あと、駐車場も調べないと」
来ないかもしれない、その日のために、準備をするのも悪くない。
「……あとは、部屋の掃除もしないとな」
もしかしたら、部屋で煙草を吸っているところに突然現れるかもしれないんだから。
「部屋で煙草吸うとき、変な格好できないなぁ」
口が笑みの形になっていることを自覚しながら、夕暮れの町を歩く。
――いつもよりずっと、足取りは軽やかだ。
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