三百VS三千

牛盛空蔵

本文

 ある日の都市ヴェパール。

 その外郭城壁の隅の見張り台で、あくびをしながら周囲を見張っていた戦士。

 望遠鏡のレンズから、彼が一番にそれを見つけた。

「……んん、なんだ?」

 魔物たちが集団をなしている。

「おいおい……」

「どうした」

 組になっている戦士が、望遠鏡をのぞいているほうの戦士に問う。

 しかし、しばしの沈黙。

「おいどうした」

 しばらくして。

「……大変なことになった、いますぐ報告だ!」

「おい、いったい」

「お前はここでこの望遠鏡で逐一見張っていてくれ、俺は注進に向かう!」

 望遠鏡を渡され、戦士はのぞく。

「……大変だ……!」

 戦士は望遠鏡を下ろし、しばらく呆然とした。


 魔物たちが集団をなして都市ヴェパールに進撃している。

 その数、およそ三千体。

「なんと……!」

 首長と冒険者ギルドの長が、言葉を失う。

「魔物の『大群移動』か」

 大群移動。

 まだ歴史上三度しか記録されていない、ほぼ伝説だと言われていた事象。

 魔物たちが、誰に指揮されているわけでもなく、おそらくは本能で、大群をなして移動する現象。

 その通り道にあるものは、すべて破壊され殺されるという。

「まさか生きているうちにこの報せを聞くとは……!」

「とりあえず王都に援軍を頼みましょう。自前では、冒険者ギルドの冒険者は三百人ほどしかいません。兵士に至っては、連絡用の二十人しかいないはずです」

 この都市は周辺を山と同盟国に囲まれており、兵士はほんのわずかしか駐留していない。

 冒険者ギルドに登録し、かつこのヴェパールを本拠地としている冒険者も、三百ほど。

 相手が魔物な上に、こちらの人数も絶対的に足りない。

「王都に頼む、しかないな。連絡兵を呼べ、大至急、早馬で王都に伝えよ!」

 首長は指示を飛ばした。


 だが、やってきたのは王都の近衛兵団……の軍師と魔物学者。

「お初にお目にかかる。それがしは近衛兵団で参軍を務めているグランツと申す」

「私は魔物学研究室で室長をしておるランドでございます」

 たった二人の「増援」。

 当然ながら首長とギルド会長は不満を口にする。

「たった二人でどうやって止めるというのですか!」

「その通り、王都は私たちを見捨てたのか!」

 いきり立つ二人に、しかしグランツは落ち着いて話す。

「見捨てるなどとんでもない。軍師が供もろくに引き連れず戦場に向かうということは、策戦で勝てる見込みがあるときだけである」

「私も魔物学者として、分析はしております。どうか、どうか、少しでもよろしいので、落ち着いて話をしてもらえませぬか」

 意外な受け答えに。

「む……」

「しかし、たった二人で」

 グランツは尋ねる。

「まずは魔物の群れの様子、このヴェパールの城郭地図、あとは物資の台帳を持って

きてくだされ」


 状況を整理する。

 実際に戦うのは、三百の冒険者と三千の魔物の群れ。魔物学者ランドによれば、魔物は統率性がなく、本能的に組んだ群集だろうとのこと。

 魔物側の兵站は皆無、指揮系統無しと推測される。

 魔物側に航空戦力は無い。グリフォン、ワイバーンなどといった飛行系の魔物は見当たらないし、そもそもこの近辺には生息していない。

 軽歩兵ゴブリン、重歩兵オーク、俊敏性のあるイビルウルフなどが主戦力である。

 街はそこそこの外周城壁あり、防御設備もまずまず備えがある。城門も鋼鉄で堅い。これは数代前の代官が反乱を防ぐため、城郭を整えたことによるらしい。


 首長と冒険者ギルド長は口々に言う。

「籠城戦は時間稼ぎにしかならないと聞いた。ここは野戦で打って出るべきとみる」

「とはいえ、無策で野戦を挑むのはあまりに冗談が過ぎます。きっとそこで軍師様の策が走るものと愚考いたします」

「例えば、奇襲とか包囲とかだな。どうかな、軍師殿、正解には近づいただろうか」

 しばらく黙った後、やがて参軍グランツが口を開く。

「この戦いは――」


 この戦いは、籠城戦が上策。

「籠城? そんなバカな、時間稼ぎしても何の意味も」

 それが意味のあるものであると軍師は説く。

 魔物たちはただの群集で、兵站というものを何も確保していない。何日か、最大でも一週間程度、耐えれば勝手に衰弱して餓死すると見通せる。

「食糧なら、野生の動物を食って済ませるのではないでしょうか」

 群集は三千。野生動物を狩るにも限度がある。すぐにここ一帯の獲物は食いつくされる。

 最初の数日ほどがヤマではあるが、そこさえ耐えれば相手方が気力を失う。初動をしのげば勝てる勝負。

 加えて、相手には攻城兵器がない。破城槌も雲梯も、投石機すら心配せずにすむ。

 通常は籠城は時間稼ぎにしかならないが、この状況なら勝機は充分である。

「野戦で奇襲は……」

 奇襲は効かない、野戦で包囲陣などもってのほかである。三百で三千を囲えるほど甘くはない。

 また、相手方には指揮系統がない。そこへ奇襲をかけても、混乱は広がらず効率的でない。

 そうだとすれば、都市の防壁の改修、曲輪の増築を籠城戦に向けていますぐ火急普請すべきである。

「むむ、完全に籠城の構えですな」

 打って出る選択こそありえない、とグランツは首を振る。

 非戦闘員にも協力を要請しなければならない。落石用の岩、煮え湯、煮えた油を、壁を登ってくるであろうゴブリンに撒き散らして打ち落とす。

 衛生看護面やこちら側の糧食などの準備も必要となる。

 なお、オークなど力攻めの得意な種族の、城門への攻撃も耐えきれると解する。この都市の城門は堅い。設計図や歴史的経緯、それに直接見てきた様子からしても、オークに城門を破壊されるとは思えない。


 参軍グランツの策が、周囲を沈黙で支配した。

「むむ、理は通っておりますな」

「しかし、本当に勝てるものか……分からん……」

 そこへグランツは叱咤する。

「首長殿、貴殿は総大将である。大将がそのように弱気では、勝てるものも、容易に絶望的な戦いへと変じる」

「むう……!」

「腹をくくりなされ、首長殿。それがしを信じて戦いましょうぞ」

 首長はしばらく黙ったのち、静かにうなずいた。


 やがて準備は進み、ヴェパール軍は魔物側を籠城で迎え撃つ。

「弓弩隊、構え!」

 まだ完全に城壁に取り付く前に、臨時部隊長の冒険者が号令を出す。

 そして命令。

「打ち方始め!」

 矢の雨が降り注ぐ!


 やがて、数を減らしながらも魔物側が城壁に取り付く。

「岩を落とせ、いまだ!」

「油を流せ!」

「熱湯やれ!」

 ゴブリンを中心とした壁登り勢が、打ち落とされる。

 人と魔物との戦いは、白熱を極める。


 夜も戦いは続いたが、戦列の交代でもちろん継戦する。

「最高に燃える夜だぜ!」

「野郎共、行くぞ!」

 魔物側に多少の鈍りがあったせいか、ヴェパール側は少し勢いづく。

 その様子を見ていたグランツは、勝利が近づく手ごたえを感じた。


 そして一週間後。

 城郭の外には、継戦できる魔物は一体もいなくなった。

「これで、終わりか……?」

 ゴブリンもオークもウルフも、その他多数の魔物も、もはや向かってくるものはいない。

「勝った、勝ったんだ……!」

 首長が現場に出て、状況を確認する。

「よし、勝ちどきを上げよ。我々の勝利だ!」

 天地に、魔物を退けた歓喜の声が響いた。

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