第24話 事件


 それから三か月後、ドラフトで彼が指名された。


 すごいなと思った。ドラフト五位とはいえ、野球を職業にできるのだもの。

 でも、その頃には彼の自己中心的な性格はますますすごくなっていて、もう手が付けられなかった。


 しかも、若干メンヘラの気があり、私が他の男子と喋っていたら怒ってくるのだ。

 浮気しているのかと。

 

 だからこそ、彼がドラフト指名された翌日に、私は言ったのだ。


「別れよう」


 って。


 心の穴は彼では埋められそうにないという事は自明だった。

 その時点で一緒にいるメリットはわずかながら、デメリットが激しかった。

 束縛だ。


 私のもとに練習以外の時間はずっといて、息苦しかった。


 むしろ良く私耐えたよと言いたい。


 そして、私は彼が「待ってくれ」と引き留めるのを無視して出て行った。

 ただ、その日からしつこく復縁のお願いをされるようになった。

 正直それがうざくてどうしようもない。

 ある日は「なんで、ダメなところがあるなら直すから」

 ある日は「俺は本当に詩織ちゃんのことが好きなんだよ」


 ダメなところは何度も言ってきた。

 でも、治らないんだから仕方ないじゃない。

 だから私もわかれるという決心をしたのに。


 そこから彼と離れるために県外の大学に行きたいと思った。

 別に彼は大学に行かないし、千葉の球団に行くから県外に出る。

 でも、なんとなく、県に留まるのが怖かったのだ。

 私は勉強が嫌いだ。

 でも、何とか出来た。

 そこから勉強してそこそこの大学に入った。


 本当は美香と一緒の大学に行きたかった。

でも、彼女がどの大学に行くのかが本当に分からない以上、どうしようもないのだ。




 そして、しばらく彼が来ることのなく、安心しきっていた私のもとにある日、彼は来たのだ。


「探したよ」と言って。


 その時私が思ったことを一言で表すなら気持ち悪いの一言だ。

 なんでここにいるの。なんで、私を追ってくるの。

 貴方は今野球選手のはず。


 しかも、シーズン中のはずだ。


 でも、可能性はある。

 野球チームは福岡にもあるのだ。

 福岡に遠征に来た際に探してたとしても不思議ではない。


「私は、貴方とまた付き合うつもりはない」

「なんでそんなこと言うの? ほら」


 そうして彼は車を見せつけてきた。


「これ、契約金で買った車だよ。ほら、俺と一緒にドライブしないか?」

「いや、絶対お断り」

「お断り? このプロ野球選手になった僕を? この前二軍初登板で四回一失点六奪三振を決めた俺を?」


 正直そんな記録なんてどうでもいい。人は外見よりも中身というが。今がまさにその時だ。

 お金よりも中身。

 もし仮に彼が大スターになって一〇億を年間に稼ぐようになったとしても、私は彼と付き合うのは絶対にごめんだ。

 ダイヤ。豪邸、高級車、ブランド品のバッグ。

 そんなのごめんだ。それよりも精神の安定の方が大事だ。


「ねえ、本当に俺と付き合おうよ」

「だからごめんって言ってるでしょ」

「聞き訳が悪いなあ」


 その瞬間頬に強い衝撃が来た。殴られたのだと、すぐに理解した。


「俺と一緒に住もう。だったら分かるよな」

「でも確か、野球選手って」

「黙れ、寮に一緒に住もうって言ってるんだよ」


 そんなの不可能だ。

 でも哀れなことに彼にはそれが分からないのだろう。


「いやだああああ」

「黙れえ」


 車内に連れ込まれ、暴行を受ける。

 何発も何発も痛みが襲ってくる。


「これから恐怖を教えてあげる。もう俺と一緒に過ごす決意をつけさすためにね」

「いやだって……」

「はあははは」


 その彼の暴行にいつしか意識を失った。


★★★★★


 その後、その現場に、会社員の男がすれ違い、怪しいと思った彼が警察に通報して事件が発覚した。


 結果、彼は現行犯逮捕。そして、プロ球界から永久追放、そして、逮捕される運びとなった。


 そして当の詩織は救急車で運ばれることとなった。

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