第20話 引っ越し

 二日目は観光するというよりもお土産買いの方が大事になる。何しろ詩織は引越しの都合上、二時には京都を出なくてはならない。つまり、時間はそれほどないという事だ。今日はおそらく買い物だけで終わりそうだ。


 だが、観光名所に一つくらい行きたいという事もあり、近くの森林に行った。ここでは大きな木が経っており、自然と共存できる場だ。

 そこで、詩織と二人で周りの景色を楽しみながら歩いた。


 詩織は、「あんまり楽しくない」とぼやていた。詩織には金閣寺程度のネームバリューがないと、楽しむことが駅ないのだなと思った。

 そしてそのあとは、京都の寺を回り、お土産を買った。

 詩織は変な置物を買っていた。詩織に「それいらないでしょ」と言ったら、「お土産だからいいんだよ」と返された。

 ……逆に言えばお土産以外では絶対買わないでしょ。


 後で使い道に困りそうだ。いや、絶対困る。

 こんなの飾る以外の使い道ないんだから。



 そしてあっという間に帰る時間になった。帰りの電車に乗る。


「もう終わり……かあ」


 これで帰ったら詩織とは会えなくなる。そう考えたら、涙は出ないけども、ふさぎ込んでしまう。

 なんで、詩織が引っ越さないとだめなのと、愚痴を漏らしたくなる。

 ただ、それはあくまでも仕方のないことなのだ。詩織のお父さんがその転勤先の会社に行かないと、会社がつぶれるのかもしれないし、詩織がお子に残るのもまた、詩織の時間を奪うことになる。


「詩織、本当に引っ越さなきゃダメなの?」

「うん。もう確定事項だから」


 いつもはだらけ切った詩織なのに、今日は覚悟の決まった顔をしている。昨日の夜もそうだった。

 詩織は、運命を受け入れているのだ。



 詩織と居れるのはもうほぼ今日が最後だ。今日が終わったらもう、無理をしないと会うことは出来なくなってしまう。

 悲しすぎる。そう思った。詩織と離れたくないとも。だけど、当の本人はケロッとしているのがまた少し少しむかついてしまった。だが、詩織が悪いわけではない。詩織が悲しくないわけがないのだ。ただ、我慢しているだけだ。


「詩織」

「なに? 美香ちゃん」


 美香ちゃん。それは詩織が私をおちょくる時に使う言葉だが、もう一つ使う時がある。それは、詩織の情緒がおかしい時にも使われる。それを親友の私は知っている。

 だけど、誰が一番情緒がおかしいかと言えば私だ。今すぐにでも詩織に抱き着きたい。だから、詩織の名前を呼んだのだ。そしてすぐに私は詩織に抱き着いた。


「何よ、美香ちゃん」

「私は嫌。詩織がいなくなるのが嫌なの」


 そう言って、詩織の体を強く抱きしめる。もう逃したくない、そう言う気持ちで。


「詩織い、詩織い!!!」


 もう私の気持ちは抑えられない。今の私の精神年齢は小三程度であろう。だけど、それでいい。感情を抑えるほどこの世に無駄なことはないのだから。


「詩織……」

「何?」

「何でもない」



 はあ、嫌だなあ。


 電車の中で私は普段の私からは考えられないほど喋りまくった。

 詩織は少しうざいと思ったかもしれない。

 それとも詩織の大人な一面が、「仕方ないなあ、美香ちゃんは」とでも思っているのだろうか。

 帰ったら引っ越しの準備に詩織はとられてしまう。


「詩織」

「何?」

「引っ越しても連絡とり合おうね」

「当たり前のこと言わないでよ。もちろん取り合うにきまってるでしょ!」


 良かった。



 そしてその日の夜。詩織を元気に見送ろうと決めた。

 もう、詩織の前で涙は流さないと決めていた。



 詩織たちの引っ越しの準備が整った。もう、車に乗るだけだ。


 出発までに一〇分の猶予が残されているらしい。

 あとは最後の挨拶だ。


「詩織、元気でね。死んだりしないでね」

「なんでよ。死亡フラグ?」

「違うけど。単に、また会いたいからってだけ。そもそもこの平和な世界で急死なんてありえないじゃん」

「じゃあ、そんなこと言わないでよ」

「詩織、連絡とるのは当然として、大学? 就職? はこっちでしてよね」

「そりゃあわかんないよ。だって、その時の状況によるじゃん」

「それはうんって頷いたらいいんだよ。馬鹿あ」

「馬鹿って……ねえ、美香。初めて会った時のこと覚えてる?」

「詩織が私に話しかけたこと?」


 たしかあの時、入学直後で緊張してた私に話しかけてくれたのが詩織だった。

 あの時は本当にうれしかったなあ。

 あんなにうざいやつとは思わなかったけど。


「そこからずっと一緒にいたんだから。きっとまた会えるよ。だって親友だもん」



 そういうと、詩織はニコッと笑った。それに合わせて私も笑顔で返す。


「やっぱり美香はそれが似合ってるよ。私もだけどねー」

「そうだね」


「そろそろ時間だよー」


 そう、詩織のお母さんの呼ぶ声がする。



「じゃあ、行くね」

「うん」

「これは、永遠の別れじゃないから。ただの暫しの別れだから」

「そうだね。詩織!」


 笑顔を見せて、



「行ってらっしゃい!!!」


 そう、叫んだ。


「行ってきます!!!」


 そして詩織は長崎に向かった。




「詩織ぃ、詩織ぃ」



 だめだ、笑顔って決めてたのに、詩織が言ってしまったら涙が止まらない。


「それが当り前よ。今日は思う存分泣きなさい。今日は詩織の大好物のオムライス作ってあげるから」

「うん……」


 そして、私は部屋にこもる。そして早速詩織にメールを送った。


『ねえ、慰安どこら辺?』

『まだ県内だよ』

『ふーん。フェリー乗るんだよね』

『そうだよ。船の中酔わないか心配』

『そうだよね。あ、酔い止め持ってたのに渡すの忘れてた』

『船乗る前に買うから大丈夫だよ』


 そんなくだらない内容を数件も数件もやり取りをした。こんなくだらないメールだけど、こんな何の利益も生まない会話だけど、そんなのが楽しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る