第2話 虫取り

 十二年前




「ねーカブトムシ取りに行こうよ」


 詩織が唐突に言う。


「えーめんどくさい。一人で行ったら?」


 私は強くその提案を突っぱねる。インドアな人間なのだ。ゆえに運動するのは得意じゃないし、暇さえあればゲームをしていたい。それに詩織に付き合う義理もない。


「一緒に行こうよ」

「詩織って女でしょ」

「それが?」

「そういうのは男子に任せて私達は違うことしようよ」


 事実そういうふうなことは男子が良くやっているのだ、例えばサッカー、野球、虫取り、鬼ごっこなどだ。だから私たちのような女がやることではない。しかしそれはあくまでもすべて建前だ。本音は家でゴロゴロしたいだけなのだ。


「例えば?」


 詩織が聞いてきた。


「家でごろごろするとか、マンガ読むとか」

「あんたがしたいだけでしょ」

「うん。そうだよ」


 普通にばれた。


「ひらきなおるな!」

「だからごめんねー。私は虫取りには行けない。かえってごろごろするわ」


 詩織が怒ったように言うが、気にせずに私の本音をぶつける。


「来るのー!!」

「いーやーだー」


 私が嫌がっているのに、その手を詩織は無理やり引っ張ってくる。


「私が来る意味なくない?」


 私は反論する、別に虫取りなど一人で行ってくれればいいのだ。


「いや、ある」

「どんな?」

「私が楽しいから」

「じゃあやっぱり私いく意味ないよね」


 そう言って一人で帰る支度を開始する。詩織の楽しみなど関係がない。私が楽しめればそれでいい。


「一生のお願いだから来て」


 詩織は土下座しながら頼んでいた。


「もう一生のお願い三十回目ぐらいなんだけど」


 逆に一年で三十回くらいできるのは才能だと思う。


「じゃあ三十一回目のお願い」


 詩織は再び土下座する。その光景を見て周りにいたクラスメイトたちも「なんだ? なんだ?」などと言って近づいてくる


「それもう一生のお願いじゃないじゃん。もう面倒臭いからいくわ」


 事実周りから見たら詩織に土下座させてしまっているのだ。これはよく詩織が使うやり方なのだ、あくまでも詩織は悪くないと言い張り、私が悪いように見せようという汚いやり方だ、


「ありがとー!じゃあお礼に好きな人殺してあげる」

「急にどうした? アニメに影響された? 全然面白くないんだけど。もっと面白いボケしてよ」


 辛辣な突っ込みを入れる。真面目に生きていて殺したい人などいるはずがないし、そもそもそんなボケ自体面白くない。


「私殺す人決めた、美香にする」

「なんでや!?」

「私には向かったから」

「それどこの独裁者よ」

「じゃあいこっか」


 詩織は話を切り替えた。もう少し言及したいのに。


「急すぎない?」

「いいじゃんいいじゃん、行こー」


 詩織はハイテンションで誤魔化す。


「うん、でも私虫取りかご家にないわ」

「私持ってるよ!  網も虫取りかごも三セットずつ」

「なんでそんなにも持ってるの?」

「子どもだもん」

「そういう問題じゃないと思うんだけど……」

「複数セット持つのが子どもの義務でしょ」

「絶対違う……」

「私の言ってること認めないんだったらもう貸さないから」

「やったーこれで家でゴロゴロできる」


 私は棒読みでそう言った。帰れるのなら好都合だ。


「あーごめんごめん謝るから一緒に来て。虫取りかご持つのは子供の義務じゃないって認めるから」

「別に私はそれが子供の義務でもいいんだけど」

「じゃあ子供の義務で」

「それでいいよ」


 面倒くさい。


「じゃあ家まで取りに行ってくる」


 詩織は急いで教室を飛び出し靴箱の方に走っていった。それを見て帰ってもいいかなと思い、こそっと帰ろうとするが、詩織はそれを察知したのか戻ってきた。


「美香! 逃げたらダメだからね」

「え、バレた」

「バレバレだよ、一緒に行こ!」

「はいはい」


 逃げることは出来なかったようだ。



「ところでさ、なんでカブトムシ取りに行きたいの?」

「カブトムシは子どものロマンだよ。それがわからないなんて美香は人生の半分損してるよ」

「半分も?」

「うん」


 私には分からないな。


「お母さんただいまー」

「おかえりー。あら美香ちゃんもどうしたの?」

「一緒に虫取りしに行くの」

「あらいいわね」

「無理やりなんだけどね、うざかったからもう仕方ないから来ただけです」

「うざいなんて言わないでよ、私は美香の視野を広めるために誘ったんだし」

「自分がやりたかっただけっていうのは建前でしょ、クラスのみんなに聞いてみたら百パーセントあのうざ頼み私がかわいそうと言うと思うし」

「お母さんの前でそんなこと言わないでよ、私が悪いみたいじゃん」

「いやあんたが百パー悪いよ、逆に私が悪いと思う根拠を見せてよ」

「じゃあ言うよ、お母さんの前で私がうざ頼みをしたことを言ったこと、私の頼みにいつまでも愚痴を言うこと、私の気分を悪くしたこと、あんたって言ったことの四つある。よって主人公が悪い、以上私の意見」

「あんたって言ったのはうざかったから、で他のは分からん他のはは自己中な理由だし」



「二人とも仲良しね」


 詩織のお母さんがそう言った。楽しそうに笑っているように見える、。しかし……


「そうですか?」


 私はそうとは思わない。なあなあの関係だ。


「楽しそうよ、顔笑ってるし」

「笑ってないとおもうけど」


 私は笑っているのか? 分からない、詩織に押し流されているだけだし。


「そういえば詩織そろそろいかないの?」

「そうだった! お母さん虫取り用具とってきて」

「自分で取りに行きなさい!」

「お母さんのけち」


 そう言って詩織は家の中に入り虫取り用具を取りに行く。


「主人公ちゃん詩織のことよろしくね、あの子そんなに悪い子ではないから」

「それはわかっていますよ、でも死ぬほど面倒くさいけど」






「全然カブトムシ見つからないー美香助けてー」


 詩織は泣きながらそう言ってきた。


「きっと見つかるよ!私も折角来たんだから見つけたいし、何も見つけられなくて帰るのはなんか癪だし」

「でもさー虫取り自体が楽しくない?」

「いや私はそんなに楽しくないんだけど」


 見つからないし、そもそもカブトムシを捕まえても私にはなんの価値もない。


「え、私に付き合わされた感じ?」

「うん」

「ひど!」


 だからそう言ってるじゃん……。


「ひどくないと思うけど、でもまあたまにはこういうのも楽しいかもしれないけど」

「でしょ、楽しいでしょ」

「いやまあまあだけど」

「そんなこと言って楽しいんでしょ」

「いやぜんぜん」

「いやまあまあって言ってたじゃん、なんでグレードダウンしてんの」

「いや別にいいじゃん」




「ところでさそろそろ帰らない、そろそろ暗くなってきたしさ、六時までに帰らないと怒られちゃうし」

「でもまだ捕まってないからもう少し粘ろうよ、あっ、こっちにも木がいっぱいある」


 そう言って詩織は走って向こうに行った


「待って、行かないでよー、そっち崖崩れ注意って書いてあるよ」

「いーじゃん、そう簡単に崩れないよ」

「え、でも立ち入り禁止って……」

「はやくー」

「待ってー」


 そう言って私は詩織を追って向こうに走って行った。

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