未知のパンツァー

 ユーラシア大陸の東に位置する小さな島国。

 かつては“日本”と呼ばれていたが、国政が崩壊したこの世界に国名が生きているかどうかもわからない。

 いまは何処どこ大陸の北とか、西とか曖昧に言う。

 俺が一般兵士として所属するYAMATO企業。

 昔は農耕用のロボットを開発していたが、国が崩壊した瞬間、戦闘用人型兵器の開発へ移行した。

 動きは申し分ないのだが、農耕用だったせいかデザインはダサい。泥臭いレベルでダサい。

 丸型の頭なんてカッコ悪い。どうせなら獣型デザインを重視する“ハウリング”のようなかっこいいやつが良い。


「悪かったな。デザインがダサくて」


 背後から厳しい口調の声がして、俺は慌てて振り返り、姿勢を正して敬礼する。


「お疲れさまです!! 隊長!!」


 俺の挙動不審な動きがおかしかったのか、隊長はくつくつと笑った。 


「見張りは暇か?」

「あっ、いえ、その……」

「言い訳しなくていいぞ。平和な時間は貴重だ。いつなんどき戦闘になるかわからないからな」


 空を見上げる隊長に、俺もつられて見上げる。

 雲ひとつない青い空。戦闘のときは炎と煙に覆われてしまう。

 そもそも生死をかけた戦いのなかで、空を見上げる余裕なんてない。

 ほかの企業やレジスタンスを相手に戦っているせいか、稀に来る平和なひとときが日常ではないように感じてしまう。


「昔はこういう平和が当たり前だったんですよね」

「俺たちがいるこの島国はな」


 隊長は遠くを見つめたまま語る。


「おまえ、“黒い灰”って見たことあるか?」


 黒い灰。


 名前と噂でしか聞いたことがない未知のパンツァー。

 数多の武器を搭載し、その場にいた敵を跡形もなく消し炭にすることから名付けられた。


「隊長は見たことあるんですか? “黒い灰”」

「見てない。目撃した仲間たちの話もバラバラで信憑性がないんだよな」


 ある者は『二脚人型の中量パンツァーだった』と報告した。

 ある者は『逆関節脚獣型の軽量パンツァーだった』と報告した。

 ある者は『四脚人型の重量パンツァーだった』と報告した。

 まったく一致しないパンツァーの姿形に、(彼らが見たのは、それぞれまったく別のパンツァーではないか?)と疑う。


「武器換装は当たり前だが、姿形が異なるっていうのはあまり聞いたことないな」

「そうですね。パーツの組み立てはパイロットの好みになりますし。組み合わせが決まれば、ずっとそのままですからね」

「まっ、俺としては噂のほうがいいけどな。そんな化け物じみたパンツァーが実際にいたら、完全に負け戦だ」


 ダハハ! と、豪快に笑う隊長に、俺もつられて笑う。

 そこへ、仲間の兵士が人を背負って駆け寄ってきた。


「隊長!! 大変です!! 基地の外で人が倒れていました!!」

「あ? どっかの企業の兵士じゃなく?」

「服装からして一般人のようです」


 一般人、と聞いて、俺は首をかしげる。

 この周辺に一般市民が暮らす市街地はない。

 なぜ、一般人が基地に倒れているんだ?

 俺は仲間が背負う一般人の顔をのぞき込む。

 アジア人寄りの整った顔立ちをした青年で、大体二十代くらいか。

 髪色は灰色に近いシルバーグレージュで、前髪が長く、両サイドと後ろ髪は刈り上げている。

 細身だが、手足が長いため、背負っている兵士より身長は高そうだ。

 ふと、青年が微かにまぶたを開ける。そこから見えたのは青い瞳。広大な青空のような美しいスカイブルー。無意識に魅入っていたが、隊長の声で我にかえる。


「とりあえず医務室へ連れていけ」

「了解しました!!」


 隊長に命じられ、仲間は基地のなかへ入っていく。

 その背を見送った俺は、隊長を横目で見る。

 隊長は、仲間の背に担がれたあの青年をじっと見つめていた。

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