トゲ抜きと少年
青柳ジュウゴ
トゲ抜きと少年
柔らかな日差しに照らされる、その人の艶やかな髪色が好きでした。
冬の日の、遠く高い空から零れる光は穏やかで。きらきらと光を受け反射するそれはとても綺麗なものなのでした。
また一見硬い声色をしているけれど、その中に薄らと内部の優しさが滲んでいる。
冬のような人でした。
凍て付く寒さ、吹き荒ぶ風、混じり気のない静謐。氷のように他者を拒み、馴染まず、緩く塒を巻くような混濁を含まぬ一切の静寂を纏う人。そのくせふとした時に、雪解けのように、春の訪れのように穏やかに溶けるのです。暖かく。それはさながら気まぐれに訪れる暖かな冬の日のようでした。厳しい吹雪の後に姿を現す、夏とはまるで違う柔らかな太陽のような。全てを拒絶する激しさの中に在する導となる灯火。
──その人に対する感情を、私は持て余しておりました。
その人の人となりを好ましく思うのに、同時に言いようのないものが胸の奥から込み上げてくるのです。それは痺れるようでいて爛れるように熱く、酷く痛みを伴うものでした。
その人は、私の理解の範疇を超えた存在でした。
私はその人に対し、好きか嫌いかでは到底推し量れぬ、恐れの様な、羨望のようなものを抱いていたのです。
真冬の吐息のように、僅かに唇を濡らしていく何か。
煩わしいと思う間も無く消えゆく湿り気のような、目には見えぬも確かに存在し、微量ながらも変化を齎す。そのように不可解なものに対する接し方が私にはわからなかったのです。
その人と共にあれば愉快な気持ちともなりますが、離れれば憎しみにも似た何かが身を苛むのです。
怒っているのかと問われたこともあります。それ程までに私はその人に対してあからさまな態度をとっていたのでしょう。
好意と悪意。
相反する感情を内部で飼う私は、しばしば不安定に襲われるのです。
痛む胸の内を周囲に吐露すれば「それは恋だよ」と彼らは笑って言うのでした。けれど、その答は私には到底納得のいくものではないのでした。
恋とは、あたたかなものであると聞きました。幸せなものであるとも。
このように胸に突き刺さるような痛みを伴うようなものではないのではない筈です。
ましてや到底好意的でない不可解な感情など。この憎しみにも似たものが恋である筈などないのです。
(――ああ、まただ)
遠目からその人の姿を捉える、とたんに腹の底が重く冷たくなる。
吐く程の嫌悪と同時に細い無数の針が心の臓を貫くのです。貫いて、内部に留まり、じくじくと痛む。細かな硝子の破片のようでもありました。針は、破片は、擦れ合う度に掠れた甲高い音を立て内側のやわらかな肉を容易く傷付けていくのです。
私がその人に抱く感情が恋だと言うのなら、これは一体何だと言うのでしょうか。
言葉が、姿が、態度が、言動が、突き刺さるのです。
真冬の穏やかな日の様な優しい気持ちも確かにあるのです、けれども覚える痛みの方が遥かに強いのです。痛むこの心を可視化したなら、きっと針鼠のようになっている事でしょう。消える事もなく抜け落ちる事もなく堆積していくばかりの針。破片。溜まらずぎゅうと手を握り締める。
(まるで、棘のようだ)
抜き取る術など知りよう筈もない。
トゲ抜きと少年 青柳ジュウゴ @ayame6274
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