第4話 【綾華side】一緒に弁当箱を買いに行こう

「ふふ……うふふふふ……あははは!! 本当に……本当に可愛いな私の後輩は!」


 帰り道、思わず私は笑い声を上げてしまう。一体いつぶりだろうか。家族以外に笑わされてしまったのは。


 でも胸のドキドキが止まらなくて、気がつけば耳までが真っ赤になるくらい紅潮している。


 自分の料理の腕には自信があった。自分を含めて、同じ高校に通う姉妹二人分。計三人分のお弁当を毎日作っていれば、それなりの料理スキルが手に入るだろう。


 しかし、料理スキルの高さと喜ばれるかはまた別物。なにせ相手は育ち盛り、食べ盛りの男の子だ……控えめな味付けは好まれないと思ったが、あんなに褒めてくれるなんて……。


「明日からの弁当はもっと喜んでもらえるように作ってあげないとな……あ」


 私は帰り道の最中、大切なことを思い出す。


 我が家に男性用の弁当箱がないことに!


 し、しまった……! 不覚! なんということだ……初歩的すぎるミスだぞ!!


「い……いやいや待て待て。男性用の弁当箱なんて今時スーパーに行けば……」


 私は改札を通る前にUターンをし、駅前のデパートに入る。


 男性用の弁当箱なんてあるはず。そういう風に考えて入ったけど……私の考えが甘かった。


「多くないか……? こんなに種類があるのか? 今」


 私や姉妹が使っているのはオーソドックスな二段式の弁当箱。しかし、今はもっとたくさんの種類がある。


 一段式や二段式はもちろん、木製の曲げわっぱや保温保冷に優れたジャータイプ、主流なのはその辺だが材質や大きさの違いによる種類がとにかく多い……!


 それに私は葉月くんがどれだけ食べるのかを把握していない。


 今日は体調不良だったから少なめに作ったうどんで満足してくれただけかもしれない。本当はもっとたくさん食べるんじゃないか? という考えが頭をよぎる。


「私一人で決めるのはダメか……。よ、よし! 取り敢えず明日は……!」


 予備の二段式弁当箱とタッパーが家にあるはず。まずはそれで様子を見るとしよう……。そして、葉月くんさえ良ければで……一緒に弁当箱を買いに行く! 


「葉月くんは何が好きだろうか? 男の子はやっぱり肉系の料理だろうか? しかし出汁の味を気に入った様子だから魚や煮物系も好みだろうか……。ううむ困ったな」


 姉妹や私の作る弁当はそこまで気にしない。好き嫌いは互いに知っているし、どれくらいの量を食べるのかも全部把握している。


 しかし、葉月くんの弁当になると話は別だ。どんなのが好みなのか、私は全然知らない。葉月くんとは部活の先輩後輩の関係……こういった話は全くしてこなかった。


 デパートを後にして、電車に乗り込んでからも私は一人で考え続けていた。珍しくスマホを食い入るように見て、弁当に最適なレシピを調べる。


 唐揚げ……一口ハンバーグ、焼き鮭、魚のフライ、生姜焼きもいいな。


「生姜焼きか……。これなら冷めても美味しいし、無難な味付け。それに栄養バランスを考えやすい。これにしてみるか」


 葉月くんに弁当を作るのは、あくまで葉月くんの栄養管理のため。葉月くんの昼食は惣菜パンと牛乳だけ。食べ盛り、育ち盛りだというのに脂質や糖質を摂り過ぎた食事は良くない。


 バランスよくタンパク質も摂取すべきだ。それに彼は運動部。私の練習に付き合ってくれる唯一無二の部員……今日みたいに体調を崩してしまったら寂しいし、心配もする。


「葉月くんはハードな生活を送っている。少しでも私が支えてあげないとな」


 まだ彼が入部したての頃。興味本位で聞いた入部理由と彼の実生活。それを聞いた時、私は葉月くんのことを心底すごい人だと思った。


 剣道部が私と葉月くんしかいない理由、それは剣道部がまだ新設したての部活であるということと、みんな私の練習について来れないから。


 剣道部は私が創設した部活だ。白金高校に剣道部はなかった。少し前まであったらしいが、結果は思ったよりも振るわず、少しずつ過疎っていき、ついには部活はなくなっていたのだ。


 姉妹の進路や自分の将来を見据えて進学した白金高校。しかし、物心ついた時から剣道に打ち込んでいた私にとって、そこは少し物足りないところだ。


 練習には近くのクラブや道場に行けば困らない。けれど大会に出るためには高校での部活が必要となるらしく……私は手続きのため必要だったから剣道部を立ち上げた。


 部員は姉と私、そして葉月くんだけ。姉はあくまで書類上の部員で、他の部活と兼用している。私のために名前を貸してくれたということだ。


 部活動をやる上で必要だったからやった部員の募集。多くの生徒が仮入部を希望したが、続いたのはただ一人だけ。


 それが葉月くんだ。


「流石は自転車通学で体力鍛えているだけのことはあるか。それとも強いのは精神のほうかな」


 葉月くんのことを思うとついつい口元が緩んでしまう。男女関係にうつつを抜かす……いいやこれは断じてそういうのではない!


 恋愛感情ではない……あくまで先輩後輩としての関係……そ、そう! 大切な友人を想う気持ちと同じだ!


 大変な友人のために弁当を作ってあげる。これになんら不思議なことはない。そうだ……その通りだ。


「い、いかん……。葉月くんのことを考えるとついつい変な方向になってしまう。改めなくては」


 そんなことを言っているうちに、電車は我が家の最寄駅に到着する。駅前にあるスーパーで買い物を済ませた後、私は駅から徒歩五分のところにある自宅へ帰る。


「ただいま。少し遅れた。二人はもうご飯食べたのか?」


「ううん、まだ。桜花おねーちゃんが風呂に入って……え? 綾華おねーちゃんが雌の顔をしてる!?」


 帰って早々、妹にそんなことを言われてしまった。


 い、一体雌の顔ってどんな顔なんだ!?

 

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