第3話 先輩と大事な約束
ええいまままよ!
男は度胸! ここで引き下がったら男の恥だと思え僕! 僕は口を開けて差し出されたレンゲをくわえる。
「どうだ? 美味しいか? 少し味薄めだが……君の好みに合っているだろうか?」
口に含んだ途端オロオロとし始める一条先輩。確かに一条先輩のいう通り、出汁が強めの醤油などが控えめな味付けだ。
普段から味が濃いもの、特にご飯とよく合うような料理を食べる身としては優しい味は少し合わない。けど、体調不良な今、驚くほどに食べやすい。
こんな優しい味付けを美味しいと思ったことはあまりないだろう。鰹と昆布の出し汁ってここまで美味しいのか……と感心してしまった。
「すごく美味しいですよ先輩! こんな美味しいうどん初めて食べました……!」
「お、おお良かった……! そんなに褒めないでくれ……少し照れる」
「いやいやすごいですよこれ。こんな美味しいつゆ初めてですもん! どうやったんですか?」
母親とは違った味付けについつい体調不良を忘れて興奮気味に聞いてしまう僕。一条先輩は気まずさ半分、照れくささ半分の表情で僕から目を逸らす。何かあるのだろうか?
「じ、実はこれ……出汁パックなんだ。出汁パックと醤油やみりんを付け足した感じの簡単な味付けだ。君が思うような……」
「いやいやそれでこんなに美味しいんですから凄いですよ! それにそんな知恵を高校生で身につけているなんてさすがは先輩です!」
「う……ううむ。そこまで言われると照れくさい……いや本当に背中がむず痒くなるような感覚だな。でも嬉しいよ」
安堵したような笑顔を見せてくれる一条先輩。その表情に思わずドキッとしてしまう。
先輩が作ってくれたうどんは一瞬で食べ終わり、心地よい満腹感に浸っていた。
「凄いな…….つゆまで飲み干してしまうのか」
「ついつい美味しくて。先輩の料理はお母さんとは別の意味で毎日でも食べたいなってくらい美味しいですよ!」
その言葉にピタリと一条先輩が硬直する。その後、ぎこちない動きを見せたかと思えば。
「本当か……? 本当にそう思うのか?」
「え、ええ。先輩の料理って食べやすくて凄くいいなって。味が濃いのも好みですけど、これはこれで凄くいい……っ!?」
一条先輩がガシッと手を掴んでくる。その目は今日一番というくらい輝いていた。
「じゃあ昨日の話ちゃんと聞いてくれるな! これから昼休みの時間、毎日剣道場で待ってるぞ!!」
「弁当の話……それは楽しみです」
こんなに美味しい先輩の手料理を食べた後だ。先輩の弁当への期待値はすごく上がっている。学校に行く楽しみが一つ増えた……。
「ふふっ、期待してるといい。必ず君を満足させるような弁当を作ると約束しよう……っと、もうこんな時間か。洗い物を済ませて私は帰るとするよ」
時間はいつの間にか十八時を過ぎていた。まだまだ明るい時間帯とはいえ、先輩をあまり長く拘束するものでもないだろう。
それに夜遅くになってしまうと先輩のことも心配だ。
「そうですね。こんな遠いところまでありがとうございます。先輩の家はここからどれくらいなんですか?」
「ん……実は私の家は真反対でな。一度学校を通り過ぎないといけない。と言っても電車なら一時間弱程度だが」
「なんか……すみません。先輩の貴重な時間を奪ってしまって」
「いいということさ。君は剣道部で唯一の後輩だからな。君が困っているというならどこへだって飛んでいくさ」
ポニーテールを揺らしながら、一条先輩は淡く微笑みながら口にした。
けど、前々から思っていたけど剣道部唯一の後輩にしては距離が近すぎる気がする。どうしてだろう?
「それにしては色々とやってもらってるような気が……。僕は何も先輩にやってあげられていないようで」
「じゃあいつか返してくれるかい? 私が卒業するまでに、私が驚くようなとびっきりのお返しを」
先輩が驚くような……、とびっきりのお返し。思い当たり節があるのか、僕はついつい反射的にそれを口にしていた。
「じゃあ、先輩に試合で勝つ……っていうのはどうでしょうか? あ、でも体格差とかあるからフェアじゃないのかな……?」
「ふふっ……アハハハッ! そう来るか君は! 本当に面白い後輩だ。君が入ってきてくれて、本当に良かったよ」
僕は剣道初心者だ。剣道部に入った理由もただなんとなくカッコ良さそうという憧れからで、これと言った大きな理由はない。
けど、そんな僕が一条先輩に勝つことができたのなら……それは最高の恩返しになるだろうってそう思った。
「じゃあ約束だ。必ず私に勝ってみせろ! そのために栄養満点の弁当を持って待ってるからな!」
一条先輩は僕の胸に拳を突き出す。こんな風に男らしさも感じるような先輩は初めてみた。僕はまだこの人のことを全然知らない……。
「じゃあお大事にな。ちゃんと寝て、体調を治すんだぞ」
「はい。先輩こそ帰り道気をつけてくださいね」
「ふふっ、ありがとう」
一条先輩はそう言って家を後にする。
僕は明日に備えてゆっくりと今夜は休むのであった。
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