第14話 十六夜の月に抱かれて

 正月休みを終え、既に一週間が過ぎた。

玲子と健司は、次の出張に備え打ち合わせをしていた。

「今度行った時には、かなり具体的なプランが完成すると思うの。」

「そうだな、計画の見直しもほぼ完成したから、いよいよ周辺を巻き込んで実行あるのみ、か。」

二人は社長室に向かった、このプロジェクトが発足して3か月くらい経つが、途中経過の報告だ。緊張しながら、部屋に入って行く統括本部長と社長が待っていた。

「早速ですが、プロジェクトの進捗のご報告をさせて頂きます。」と健司が話し始める。「第1課と致しましては、以上の事から経営計画の見直しを進め、メインバンクにも了解を取り付けました。」と報告をする。続けて玲子が話し始めた。

「第2課は、第1課の見直しをした売上を確保するため、行政、観光協会、周辺の商店会などと協力をして集客に努めます。手法とすれば、イベントの年間スケジュルーを定めて、SNSで発信、人気ユーチューバーに案件として発注をし、毎月のイベントごとに複数のユーチューバーが交代で情報発信すると言う方法を予定しています。

年代の高い層には、従来通り旅行会社にコラボの企画を提案しています。」

社長が「二人とも良くやってくれているな。今後も引き続き頼む。」と言い報告会は終わった。

 社長室出て、健司は「何度行っても社長の前は緊張する。」と独り言のように呟くと玲子が「ほんとにそうね。」と相槌を打つ。自分たちのオフィスがある階にエレベーターで降り、課長にそれぞれ報告をする。終わる頃には、退社時間になって居た。

 来週から出張する準備の為二人は早めに退社した。


バラバラに社を出て、いつもの居酒屋に向かう。健司が先に着き注文を済ませた頃、玲子が合流する。その自然な流れは阿吽の呼吸である。

「それで、奥様とはどうするの?」と玲子が聞くので

「妻とは多分離婚すると思う。ただ娘の事が有るからすぐでは無いけど。」離婚の原因は妻の浮気が全てではない。と言って仕舞いそうになる。そう、「俺の中には既に君への想いがあり、妻からは気持ちが離れている。」と本音が漏れそうだった。

 今こんな事を玲子に言ったら、負担を掛けて仕舞うのでは無いかと不安だった。離婚が成立したら様子を見て、告白しようと考えていた。

 ひとしきり食事をして、早めにお開きにすることにした。


 新幹線が駅に着いた時、外は雪だった。鉛色の空から真っ白な雪が降っている。不思議な光景に、暫し見入ってしまった。出迎えてくれた番頭さんに挨拶しながら、車に乗り込む。「やっぱり、年を越すと本格的な寒さが来るんですね。」と言いながら、上着に着いた雪をハンカチでふき取る。「いやぁ、2月はもっと寒くなるから覚悟してくださいよ。」と言って笑った。

 宿について直ぐ、観光協会や商店会の方たちがお見えで、今日は、旅館の会議室を借りて、説明会を開くことになって居た。

 皆、それぞれの仕事が終わってからの事なので、集まる時間が19時と遅いスタートだったが、順調に説明会は終わった。

意見とすれば、思い思いの所は有るが、皆で協力し合うという点では合意が出来た。

 ただ、反対意見を持っている者も居り、多少は声を荒げる人も出た。

観光協会の担当者が「すみません、それぞれの利害が絡むもので、良く思わない人がいる事もご理解ください。」と言った。

 大半は歓迎ムードではあるが、気は抜けない。

反対の理由は、地元のPRにユーチューバーを使う事で、これまで地道に地元の宣伝をして来た人達からだった。

「あんたらよそ者が、横から口を挟むな。」とすごい剣幕で、玲子に詰め寄って来た。とっさに健司が庇うと、訝しそうに席に戻って行ったが、火種は燻っていた。


 「私なら大丈夫。」と言っていたが「いや、気を付けていた方が良いな。」と健司が注意した。意外な障害が出たと感じたからだ。

 それにしても急に反対派が出て来るのは妙だなと思い、少し調べてみる必要がありそうだと思い、早速、番頭さんに聞いたところ、地元の人間じゃない連中が、あちこちで脅迫めいた事をしているらしい。おかしな輩がうろついているので気を付けるように言われた。

 

 そんな事が有った次の日、事は起きた。

観光協会の担当者と玲子が、イベントをする際の会場選定で、最終決定をする為の下見に出掛けていた。

 健司は午後からメインバンクでの打ち合わせがある為、同席していなかった。

玲子から「町井君、ちょっと会場候補地まで来てくれない?昨日の反対派の人たちが数人押し掛けて来て、観光課の担当者が大変なの。」と連絡が来た。

 番頭さんと専務さんに連絡をして、急いで現場に行ってみると、数人の、いかにも嫌がらせ的な格好の男たちが、担当者を取り囲んでいた。

健司は慌てて止めに入ったが「よそ者は引っ込んでろ」と言って突き飛ばされた。

倒れた健司を番頭さんが起こしながら、「あんたら何処の者だい。」と言いうと

「うるせぇ、年寄りは出しゃばるな」と怒鳴り声をあげ、取り付く島もない。

 どう見ても昨日の反対をしている人たちと違う。「本当の地元の人ではないな」と感じ用心していると、「やめてください。」と観光課の女性スタッフの声。

それを聞いた健司が「やめろ!」と言いながらその女性に掴み掛っている男を、強引に引き離した。その途端、弾みで転んだのを見ていたほかの男が

「やんのか、てめぇ。」と怒鳴り散らしながら健司に襲い掛かって来た。

もともとラグビーで鍛えていた健司にとっては、この程度のぶつかり合いは大した事ではないが、今は仕事の上で此処に来ている。争い事は不味い。

そう思い「済みません、大丈夫ですか?」と言って倒れた男を起こそうとした時、背中に激痛が走った。

「きゃぁー。」と言う大きな悲鳴が、力が抜けていき記憶が途切れる寸前の耳に届いた。薄れていく意識の中で、玲子は、玲子は大丈夫だろうか?と思いながら。


 すぐに警察と救急車が現場に到着した。

パトカーも数台来て、赤色灯を回転させ、辺りは物々しい状態になって居た。

背中を刺された健司に、玲子がしきりに「町井君、町井君」と声を掛け続けている。

取り囲んでいた男たちは、蜘蛛の子を散らす様に逃走し、警察が緊急配備をしていた。観光協会の女性スタッフも恐怖でその場にうずくまり、顔面が蒼く震えていて言葉が出てこない。

 玲子が呼び掛けても、健司の意識は無く、それでも大声で健司を呼び続けている。

辺りには健司の背中から流れ出した鮮血が、血だまりになって居て、玲子の服も健司の血で赤く染まっている。

 泣きながら健司に寄り添っている玲子を、救急隊が、「大丈夫ですから、今から病院に運びますから離れてくださいと」声を掛けるが、必死に健司に縋り付こうとして、救急隊に止められた。

 救急車からストレッチャーが出され、応急で止血された健司を乗せ、「お知合いですか?」と聞かれた玲子は、「会社の人です。」と言うと

「それでは一緒に救急車に乗ってください。」と言われ、後ろのドアから同乗した。

 救急車といえど、やみくもに走るわけではないので、患者の状態を調べ、センターに報告をしてから、受け入れ病院に向かうのですぐには動き出さない。

待っている時は、2~3分の事が、2,30分に感じる位、長く感じる。

ようやく動き出したが、思ったより揺れる車内で、つかまりながら玲子は健司を見ていた。

 病院に到着すると、数人の医療スタッフが待ち受けていて、「町井さん、解りますか?」と声を掛けながらストレッチャーで処置室に運んでいく。

一緒に玲子もついて行くが、処置室のドアが閉まり一人ドアの前で立ち尽くしていると、番頭さんと専務さんが駆けつけて来た。

「えらい事に成りました。」と専務さんがぽつりと言った。


 健司が処置室に入ってから、警官が玲子の所にやってきて「事情をお聞きしたいのですがよろしいでしょうか?」と言ってきたので、無言で頷く。

「今あなたも混乱されていると思いますので、簡単にお聞きしますが、被害者の方とはどういうご関係ですか?」と聞かれ、「会社の同僚で、コンサルの仕事をしに来た」旨を伝えた。その後、会社の連絡先、上司の名前、玲子の連絡先などを聞いて「後日、落ち着かれてからで良いので、駅の横の交番まで来て下さい。」と言って帰って行った。





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