第13話 満月の再来
妻が浮気をしていた事実。どうしても受け入れたく無い事実がそこにあった。
休日、連絡せずに帰ったことで発覚したことだが、既に娘には見抜かれていた。
未だ13歳の子供と思って居たが、そこはやはり女なのだろうか。その直観力と言うか洞察力の凄さには驚きしかない。
あれから事の顛末を妻から聞いた。もともと、務めていた銀行のパートとして再雇用されたとき、当時付き合っていた元カレが転勤でその支店に帰って来た。
最初、懐かしさで食事をしたり、飲みに行って居たが、徐々に昔に戻って行ったと言う事だった。最初はお互い結婚をしていて、そんな深い付き合いになるとは思って居なかった。しかし、その関係は徐々に深くなり、気付いた時にはもう後戻りできない所迄来ていた。「あなたにバレるのが怖くて。」と言っていたが、それでも辞められなかったと言う事は、俺はそれだけの価値しかなかったのかと思うと、悲しかった。
妻との事は、出張が落ち着くまで棚上げにしてきた。兎に角このプロジェクトに俺は全精力を掛けている。それには暫く戻る事が出来ない為、合わせて、妻には頭を冷やして今後どうしたいのか、考える時間が必要と思ったからだ。
「ただ一つ言って置く。君の浮気に一番先気付いたのは、娘の彩だと言う事を良く覚えておいてくれ。」そう言い残して自宅を後にした。
悲しい気持ち、悔しい気持ち、色々な思いを胸に仕舞って新幹線に乗り込んだ。
いつも感じる時間の長さが、あっという間に和倉温泉駅に着いた事には、驚いた。
駅からタクシーで旅館に戻り、自分の居室に戻った。
気配を感じて玲子が部屋に訪ねて来た。
「よかったら、ちょっと出ないか?」といい近くの居酒屋に行った。
渋い顔をしているので、玲子は察して何も言わない。
とりあえずのビールとつまみを何点か注文し、黙って飲んで居た。
向かい側の席で、玲子も黙々と飲んで居る。
二杯目のビールを注文した時、「やっぱり浮気だった。」とポツリと言った。
それでも玲子は黙っていて。俺の次の言葉を待っているかの様だった。
ほとんど会話をしないまま、店を出て歩き出す。
冷たい風が吹きつけているが、心の中はもっと荒れていた。港の方まで歩っていき、街頭がぽつんと点いていて、車のほとんど止まって居ない駐車場の脇にバス停があり、待合が小屋の様になっていた。
すでにバスは終わっていて来ることのないバス停のベンチに座り、嗚咽した。声にならないその心の苦しさは、見ている玲子にも伝わっている。「寒い」と一言だけ言って、健司を抱きしめた。
俺たちはそんな関係じゃない。と言い訳してみたが、心がとっくに妻ではなく玲子に向いている自分が、妻を責められるのだろうか?と言う思いにも苛まれた。
答えが出ないまま。今年の出張も終わり、年の瀬押し迫る日に帰路に就いた。
帰りの新幹線は兎に角、気が重かった。新幹線が着いてから在来線に乗り換え、自宅のある最寄り駅まであと僅かと言う時に、玲子が「今年もお疲れ様、来年もよろしくお願いします。」と言ってきた。
玲子の住むマンションは、健司の最寄り駅より幾つか手前にあるのだが、途中までと言ってついて来た。
結局、健司の最寄り駅まで一緒に来て、折り返しの電車で帰って行った。
玲子が折り返すのを確認して、改札を出た。
重い足取りで自宅に戻った。玄関を開け、「ただいま」と言うと娘の彩が走って来た。そして、その背後から妻が「おかえりなさい」と言った。
トランクやバックを寝室に入れ、着替えてからリビングに行き落ち着かない気持ちでソファーに腰かけた。
「ねえ、パパ。私2学期の通信簿すごかったんだよ」と自慢げに持ってきた。
「どれどれ」と言いながら見ると、たしかに成績がよかった。
「ねえパパ、今度、遥かちゃんと同じ塾に通いたい。」と言ったので
「その塾はどこにあるの?」と聞いてみると2駅先の駅前にあるらしい。
「ママと相談して、大丈夫だったら行っていいよ。」と言うと娘は「やったー。」とはしゃいで見せた。
娘と話をしている間、キッチンに居た妻は料理を作ってテーブルに並べていた。
「お酒、召し上がるでしょ?」と言って日本酒を熱燗にした徳利を差し出した。
俺の座る席にはお猪口が置いてあり、妻のお酌で酒を飲んだ。
「今年はいろいろなことが有った。」そう思いながら1年を思い出し、ゆっくりと流れる時間を感じた。
翌日、正月用品を買いにアメ横に家族で出掛けた。人ゴミと、威勢のいい売り手の声が飛び交い、師走の街を演出していた。
彩は「パパ、りんご飴」とか「パイナップルの櫛が食べたい」とかはしゃいでいた。
妻と俺の手を握り「3人で出掛けるのって久しぶり」と言って楽しそうだった。
妻は、おせちに必要な食材を購入し、その荷物を俺が抱えて帰って来た。
こうして我が家の1年は終わりを迎えようとしている。
明日は、玄関にしめ縄を飾り、鏡餅を用意したりして、夜には近所の蕎麦屋に出掛ける。いよいよ今年が終わると言う時に近所の神社行って、2年参りをする。
初詣を済ませて帰って来ると、すっかり体が冷えてしまった。
ベットに入る前に湯船につかって温まって寝る事にした。
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