第5話 貴女と寝待月
その夜は、シャワーの後リビングで娘とテレビを見て過ごした。
妻はその間に入浴しているらしかった。
「彩、中学校は慣れた?」と聞くと「まあまあかな」と気のない返事。
まだ幼さが残り、父親と一緒に居る事を拒まない。しかし、そのうち「パパ臭い」とか「汚い」とか言われるのだろうか。と思うと悲しくなる。
リビングの時計が21時半を過ぎた頃、娘はウトウトし始めた。帰宅して直ぐに風呂に入り、夕食も済ませていたので、疲れたんだろうと思い、抱きかかえて娘のベット迄運んで行った。ベットに横たえブランケットを掛けてやり、照明を消した。
少しして、妻が浴室から出てきた。「寝ちゃった?」と聞きながら、シャンプーでぬれた髪をタオルで拭きながら「ありがとう、ベット迄運んでくれたのね。」と言い、キッチンに立つと、冷蔵庫から缶ビールを2本取り出した。食器棚からグラスを2つトレーにのせ、「おつまみは無いんだけど、ナッツで良い?」と言ってテーブルまで運んできた。
「どうかした?君がビールなんて珍しいな。」と言いながらも缶を持ってプルトップを開け、2つのグラスに注いだ。
「たまには夫婦で良くない?」と言いながらグラスを合わせた。微かにぶつかったグラスが小さく音を立てた。
「今回、田舎の友達のイザコザに付き合って居たら、どっちもどっちって思った。淑子も旦那さんもお互い言い分があって、ある意味どちらも正しい。ただ、ほんの少しだけのすれ違いが、お互い気付かずに広がって行って、今では収拾が付かない所迄行ってしまったって感じ。」
「私たちも最近、仕事や彩の事で忙しくしていて、会話が減ってしまっている事に気づいて反省したの。ごめんなさい。」
「そんな、気にしすぎだよ。俺も意識的ではないにしろ、会話していないとは思って居たけど。」と言い、グラスのビールを飲み干した。
ナッツを一つまみして、もう1本の缶ビールを開け、妻のグラスと自分のグラスに継ぎ足した。
「ねぇ、健司は浮気なんてしないよね?」と俺の顔を覗き込みながら聞いた。
「突然何を言うんだ。当たり前だろ?」と言いながら、今日あった玲子との映画館での出来事を思い出していた。
「だよねー、健司は彩にとって自慢のパパだし、家族を愛してるもんね。」と言い笑った。一時、夫婦の時間がゆっくりと流れていた。
お互い、酔いが心地よく回って来た頃、「寝ようか?」と言う妻を抱きしめた。
「健司、ダメ。今夜はよして。お願い。」と言う妻の口をキスでふさいだ。
ほんの数秒か数十秒、二人の唇は重なっていたが、妻の力が抜けたとたん、抱え上げた。身長が180cmを超え、若い頃はラガーマンだった健司は、40歳を過ぎてもまだその筋肉は保たれていた。軽々と、和子を抱きかかえると、寝室のベットに下した。「ほんと、ごめんなさい。今日はそんな気分になれないの。」と悲しそうな表情が、カーテンの隙間から差し込む月明かりで、照らされた。
「わかった。ごめん。」とだけ言うと、ベットの反対側に回りブランケットの間に体を沈めた。「嫌では無いの。でも今夜は・・」と言う妻の頭の下に腕を差し込み、腕枕をした。「いいんだ。僕がいけなかった。すまない。」と言い、妻のおでこに軽くキスをして、「お休み。」と言った。「おやすみなさい。」と妻もいい、寝室に静けさが横たわった。
翌朝、寝室のドアが少しだけ開いていて、キッチンの音が聞こえてきた。
妻が朝食の支度をしているらしく、いい香りが鼻を衝くと、おなかが鳴った。
勢いよくブランケットをはねのけ、寝室のドアを開けキッチンに居る妻に「おはよう」と声を掛けた。
「もうすぐ目玉焼きが出来るから。」と言う言葉を背中で聞きながら、洗面台に向かった。歯を磨き、顔を洗ってリビングに戻ると、半熟の目玉焼きにカリカリに焼いた厚切りのベーコンが添えてあった。
「パパおはよう」と彩もパジャマのままで起きて来た。
「おはよう、一緒に朝ごはん食べよう。」と言うとリビングの椅子に座った。
「いただきます。」
妻は、料理が上手く、独身の時から良く朝ごはんを作ってくれた。毎朝こんなご飯が食べたい。と思ったのが結婚をためらっていた健司の背中を押した一因だ。
そんな決断をしたとき、和子のおなかに彩が出来たことが解った。
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