第4話 居待月の出る頃

 大型商業施設の駐車場に、やっとの事で車を止めた。

混雑していることは覚悟していたが、これ程迄とは思わなかった。

普段から、買い物などで此処の施設を使っているが、娘の進学のための物を購入しに来て以来なので、半年ぶりに成るだろうか。パーキングから映画館のある建物の方に歩いていき、エスカレーターに乗った。映画館のある階は、小中学生で混んでいた。上映中のアニメを見に来ているのだろうか、娘のあやもこのアニメが見たいと言っていたが、友達と一緒に来たのだろうか。そんなことを考えながら、まずトイレに向かった。上映中に出て来るのは嫌なので、必ず事前に済ませるのは学生時代からの習慣で、今も変わらない。

 用を足し出て来る時に、人にぶつかりそうになり慌てて身をかわした。

「すみません。」と声を掛けると、「町井君?」聞き覚えのある声、玲子だった。「えっ、どうして?」偶然過ぎて、チープなドラマみたいだ。そう思いながら玲子を見ると、いつもとは全く違うジャージ姿だった。

「私、此処のスポーツクラブの会員で、ジムと水泳をした帰りなの。」ちょっとばつが悪そうにそう言うと、「町井君は?」と聞かれた。

「家内と娘を実家に迎えに行こうとしたら、必要ないと言われたので、映画を見ようと思って。」と上映中のポスターを指さした。

「そうだったんだ、この映画の1作目は私もテレビで見たけど、40年ぶり位の2作目なんでしょ?」

「そう、僕も中学生の頃レンタルビデオで見たんだけれど、とにかく格好良かったから、見たかったんだ。」

 話しながら、映画のチケットを購入しようと列に並ぶと、そのまま玲子もついてきた。「私も、お邪魔して良い?」と聞かれ、戸惑った。

「いいけど、なんか妙だな。」妻と娘を迎えに行こうとしていたのに、まるで玲子とのデートの様になってしまった。

チケットの販売機で隣り合った席を二枚購入し、持ち込みのできるポップコーンとドリンクを買い、上映の部屋に入った。

 人気作の最終日とあって、空席は有るものの席はほぼ埋まっていた。

自分たちのシートに行くため、「すみません」と言いながら手前に座っている人たちの前を横切り、ようやく座席に付いた。

上映時間まで少しあり、ポップコーンを頬張りながら、次回作の予告映像を見ていた。ポップコーンの器は二人の席の間にあるひじ掛けの所に置いてあり、スクリーンを向いたまま手を伸ばした時、玲子の手に少し触れてしまった。その華奢で柔らかな肌の質感は、スラっとした風貌からは想像し難いほど柔らかだった。

「ごめん。」とだけ言って手を引っ込めたが、玲子は「気にしないで。」と小さくつぶやき、ドリンクを手に取った。

 程なくして館内が暗くなり、上映が始まった。途中、何度もハラハラするシーンの時に、玲子が健司の腕を掴んで来る。「ごめん、ちょっとだけ。」と言われ、健司はそのたびにドキッとして、ストーリーも半分くらいしか入って来なかったが、悪い気はしなかった。

 上映が終わり、明るく成った時「あれぇ、玲子じゃない?」と後ろの座席から声がした、二人が振り返るとそこには浅黒く日焼けした女性が立っていた。

「あぁ、早苗じゃない。偶然ね。」

「あなたたちが、前の席に座っていたなんて、こちらどなた?」と、にやにやしながら玲子に聞いてきた。

「こちら同僚の町井さん。偶然入り口で一緒になったから・・・」

「いやいや、お安くないぞ~、初めまして玲子の友人で、田口早苗と申します。」

「町井です。宜しくお願いいたします。」


 時間もちょっと遅い昼時と言う事で、3人で食事をする事に成った。

商業施設の中のレストラン街は混雑しているので、いったん外に出て食事をすることにした。

 玲子と早苗は電車で来たと言う事だったので、健司の車に同乗してレストランに向かう事になり、二人の女性を後部座席に案内した。

健司は運転席からミラー越しに「何処へ行くのか」と尋ねると、二人とも魚料理がうまい店と言うので、郊外にあるフレンチに行くことにした。後部座席の二人は、盛んに話をしていて楽しそうである。そんな二人を乗せた健司の車は、バイパスを抜け住宅地に入って来た。

 その店は、まるで隠れ家のように住宅地に溶け込んでおり、大きな看板などは出ていなかった。門の所に、小さくフレンチ小坂と書いてある。

此処は、何度か妻の和子と独身の頃来店したが、結婚してからは一度も来ていなかった。門から店の入り口まではなだらかなスロープになって居て、そこを歩いて行くだけで気分が上がるのだ。

 店の奥には中庭があり、日よけを下ろしたテラス席がある。その席が健司と和子のお気に入りの席だった。

 テーブルに案内されてから、メニューを決め、遅めのランチタイムが始まった。

前菜やスープを頂きながら、早苗が「町井さんって、玲子の彼氏かと思っちゃいましたよ。」とふざけて聞いてくる。

「いやいや、本当に偶然で、今日は妻と娘に振られて一人寂しく映画鑑賞の筈だったんです。」

と玲子が「早苗、失礼よ。町井さんには素敵なご家族があるの。私と違って、気楽な独身じゃないのよ。」と援護するような事を言ったものだから、早苗は「まぁ、そうゆう事で。」と笑っていた。

「もうみんな大人なんだから、深くは聞きませんが。」と意味ありげに言った。

 そして、話題は今年の夏、何処に旅行に行ったとか、玲子と早苗の共通の友人が夫婦喧嘩して離婚しそうだとか、玲子の友人の報告会になって居た。

「町井さん。早苗はねこう見えて大手商社に勤めている、バリバリのキャリアなのよ。去年までは海外の支店で活躍していて、ご主人もその時に知り合ったイタリアの方なの。私、早苗の結婚式でイタリアまで行ったのよ。」と言うと早苗が、

「イタリアと言っても、田舎の方で、うちの主人なんか、全然垢抜けなくて。」と付け加えてきた。

 そして彼女は、テニスが趣味で、大学時代から本格的にテニスをし、一度、国体の強化選手に選ばれていた事もあった様だった。

今でも、趣味と健康の為にテニスは続けており、そのため日焼けがトレードマークになっているらしかった。

 

 日が少し傾きかけた頃、早苗が「私今晩、ホームパーティーをするの。転勤でイギリスの支店に勤務して居た頃の同期が、日本に一時帰国するので。ごめん、此処で失礼するわ。」

「判った。また連絡するから。」と玲子が言うと、早苗が、「今度うちでパーティーしましょ?その時は、和美と仁美も誘って。」

「良いわね。じゃ、近いうち皆に連絡しておくから。」と言って帰って行った。

結局、健司は玲子を自宅マンションまで送り届けてから、自分の家まで車を走らせた。


 家の前まで着くと玄関に明かりが灯っていた。ガレージのシャッターを開け、車をバックさせていると、家の中から娘の彩が顔を出し、「パパおかえり。」と言って車から降りたとたん、抱き着いてきた。

「彩もお帰り。おじいちゃんとおばあちゃんは元気だった?」

「うん、近くのデパートに連れて行ってもらったの。この服買ってもらったんだよ。」と嬉しそうに、くるっと回って見せた。

 娘と手を繋ぎ玄関に入ると、奥から妻の和子が「おかえりなさい。2日間留守して済みませんでした。」と言ってきたので、友達夫婦は大丈夫かと尋ねると、「う~ん、微妙。」と言って、健司の脱いだジャケットを手に持ちながら、リビングに歩いていった。「晩御飯は?」と聞かれたので、「映画を見ていて、昼が遅かったのでまだ食べていない。」と言うと、簡単なものだけど何か作ります?と言うので、先にシャワーをするからと、浴室に入って行った。

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