第41話 シチナ・ランプロス⑱

 翌日、三人はダイニングにて話をしていた。


「シチナさん、記憶の方は、コーディ・マリクさんではございませんか?」


「……! ええ! そうよ。思い出したわ。コーディさん、私の愛した人……」


 シチナは愛する人を思い出し笑顔になった。しかし、次の瞬間には困惑に変わっている。愛した人と結婚した人の名が、異なっていたからだった。


「これをご覧ください」


 フィーネはシチナの日記を机の上に置いた。


「保護魔法が施されていました。シチナさんにとって、とても大切な物だったのだと思います」


「ありがとう」


 シチナは日記を受け取ると、静かに読み始めた。ゆっくりと、見落としのないように、記憶を取り戻せるように。


 読み終えると、シチナは日記を閉じた。目からは涙が溢れている。


「ありがとう。見つけ出してくれたのね」


 泣き笑いで、シチナは言った。


「記憶が戻ってきたの。ただ、弟と旦那さんのことはあまり思い出せないわ」


 やはり蓋をしているのだろうか、とフィーネは思う。それと同時に、忘れたまま向こうへ行った方が幸せかもしれない、とも考えた。


「コーディさんは亡くなっていました」


「そう……」


「しかし、手紙を受け取っています。コーディさんの息子、リンジーさんからいただきました」


 机に手紙を乗せる。

 シチナは開封し、読み始めた。


 読みながら、くすくす笑ったり、真剣になったり、涙を流したり。シチナはコロコロと表情変えた。

 二人は静かに彼女を待つ。


 手紙を読み終えた彼女は、しばらく泣いた。




* * *




「短い間だったけれど、どうもありがとう。幸せな気持ちで、向こうに行けるわ」


 三人は庭に出ている。今日は一際寒く、息が白くなるほどだった。しかし、柵を出るまでは気温の変化はない。


 シチナはにっこりと笑うと、フィーネたちに背を向ける。そして、石畳を歩き出した。先にあるアーチの門は、ゲートになっている。


 今回、階段はライトン邸のシチナの部屋にあった。フィーネたちが部屋を訪ねた際には、神々しく立派な空へと続く階段が立っていた。ゲートはシチナの部屋、階段のアーチの門と重なるように繋がっている。


 本来、霊体はすぐにその階段を登る。クロッツを訪れる者は、強い未練や意思があって、階段を登らずクロッツにたどり着くのだ。


 シチナはフィーネと会った初日、『気付いたら森にいた』と話している。階段はそびえ立っているものの、その存在に気付かないほどに、コーディに未練が、伝えたいことがあったのかもしれない。


(階段が現れるときと現れないときの違いは何? 基準はあるの?)


 タイラーの依頼は例外中の例外だった。フィーネもこの例外に遭遇したのは、まだ数回しかない。階段が現れない、これは神からの告げに他ならないだろう。『まだこの世でやり残したことがある。それを達成するまでこちらへは来るな』ということだ。結果、依頼主の妻を救出することができたのだから。


(本人が生前に気付いていたかいないかの違い?)


 生前に達成できたであろう場合は階段が現れるのかもしれない、との結論に至る。合っているかは分からない。


「シチナ様。クロッツのご利用、誠にありがとうございました」


「フィーネさん、ディアンさん、ありがとう」


 シチナはカーテシーで挨拶をした。フィーネもカーテシーを、ディアンはボウアンドスクレープで応える。とても絵になる三人だった。


 そして、シチナは最後に笑顔を見せると、ゲートに消えた。


 見届けると、ディアンがフィーネの方を向く。


「フィーネさん、説明していただけませんか。シチナさんに何があったのか、僕は把握しきれていません」


「私も全て分かってるわけじゃないわ」


「構いません」


「……シチナさんは、幼い頃に行ったネーヴェというところで、ある男性、コーディさんに出会った。そして、恋に落ちた。でも、ランプロス家は財政難から脱するためライトン家と繋がりたかった。シチナさんにオーウェンさんとの政略結婚をさせたのよ」


 それは、ライトン家からの申し出があった後、両親が勝手に決めたのか、それともシチナが家を守るために自分で決めたことなのかは分からない。しかし、どちらにしろ愛する人と生きられないのは、悲しいことである。


「だから、シチナさんとコーディさんは、再会することなく生涯を終えた。でも、彼は手紙を残していたのよ。それが、さっき渡した手紙」


 フィーネは家の中へ歩き始めた。ディアンもその後を追う。


「あともう一つ聞きたいんですけど」


「何?」


 ディアンは少し躊躇いながらも続きを言った。


「ゲートの先はどこなんですか」


 ディアンは抱えていた疑問を口にした。

 彼はあの時、階段に気付かなかった。見えないのだ。


「シチナさんの部屋よ。あの世へ繋がる場所だった」


 フィーネは顔を前に向けたまま答えた。

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