第40話 シチナ・ランプロス⑰

「ねえ! ランプロスの領地で雪が降るくらい寒い地域はある?」


 フィーネは仕事中のゲラーデに躊躇なく話しかけた。

 この男が仕事をしない時間はあるのだろうか。いつ訪ねても、この部屋のいつもの机で書類を見ている気がする。


「またか。最近多くないか?」


「あなたに聞くのが確実なのよ」


 ゲラーデは仕事の手を止め、机の中を漁り始める。何かを取り出すと、机に広げた。


「来い」


 フィーネの眉が一瞬動いた。しかし、何も咎めず言うことを聞く。


 広げてあったのは、王国の地図だった。


「ここがランプロスの領地だ」


「小さいわね」


「ああ。小さいし、辺鄙なところだ。寒くて特定の食物しか育たない」


「じゃあ領地全体で雪が降る可能性があるのね?」


 フィーネの問いに、ゲラーデは首を振る。


「いや、雪が降るのはここしかない」


 ゲラーデはある一点を指差した。


「……ネーヴェ?」


「そうだ。今の季節はもう平気だろうが、冬に行くのはやめた方が良い」


「分かった。ありがとう」


 フィーネは欲しい情報が全て手に入り、満足げだ。いいかげんに感謝を述べ、すぐさまベランダに出ると、そこから飛び降りた。


 ゲラーデは、彼女が飛び降りて帰っていくところを何度か見たことがあり、それに対し驚くことはなかった。

 地図を片付けると、すぐに仕事を再開した。




* * *




 ランプロス邸にゲートを繋げ、フィーネはネーヴェへ向かうべく馬車に乗っていた。

 道を歩いていたところ、たまたま目的地を同じとする人に出会ったのだ。同席者は御者の荷物たちだ。


「本当にありがとうございます」


「良いんです。こういうのは助け合いですから」


 四十歳くらいの男は、親切心溢れる優しい人だった。



 一刻ほど揺られていると、目的地に着いたようだ。雪が少し残る地面にフィーネが気付いたとき、ちょうど男が教えてくれた。


「ありがとうございました。助かりました」


 馬車を降り、フィーネは丁寧に感謝を述べる。


「いえいえ。そういえば、あなたは何をしにいらっしゃったのですか?」


「……コーディ・マリクさんを、探しています」


 フィーネが言うと、男は目を見開いた。


「あなたは、シチナ様でしょうか」


 フィーネは答えなかった。驚いて、すぐに言葉が出てこなかったのもある。しかし、答えなかったのは、どちらを言うのが正解か分からなかった、という理由が大きい。


「僕はリンジー・マリクといいます」


 その様子を見て、男はフィーネを怖がらせてしまったのではと焦り、自身の名前を伝えた。


「コーディの息子です」


 なんという縁だろうか。探し人がいとも容易く見つかりそうだ。


「私はフィーネと申します。シチナさんに頼まれてここに参りました」


「そうでしたか。ここまで来てくださってありがとうございます。うちへ案内いたします」


 フィーネはリンジーの後ろをついて歩いた。


 数分後、「ここです」とリンジーが振り向いた。屋根の角度が急になっており、フィーネは感心する。雪が滑り落ちるように対策をしているのだろう。


 フィーネは家に入った。


 家の中は太い柱が通っている。これもまた、雪の多い地域ならではだろう。


 フード脱ぎ、案内された椅子に座った。彼女の素顔に赤面するリンジーの出した紅茶を啜る。


 しばらくしてフィーネがカップを置いたところで、リンジーは口を開いた。


「僕の父、コーディは亡くなっています」


 フィーネはその可能性も考えていた。シチナに会わせることができないのは、心苦しかった。


「しかし、父はずっと、誰かを待っていたんです」


 リンジーは席を立つと、棚から何かを取り出した。


「……手紙?」


「はい。父は病にかかってから、僕に毎日のように『シチナという女性が訪ねて来たら、この手紙を渡して欲しい』と言い続けてました」


 リンジーは席に戻ると、フィーネに手紙を差し出した。


「父の思いや願いが込められた、大切な手紙なんだと思います。どうか、よろしくお願いします」


 そう言いながら、深く頭を下げた。


「はい。ありがとうございます」


 フィーネも深く頭を下げた。


 紅茶を飲み干し、家を出る。


「では、お気をつけてお帰りください」


 家の前で、二人は別れの挨拶を交わした。


 フィーネは人目の少ない場所まで移動し、家に帰った。

 その後、待ち構えていたディアンに文句を言われたのは言うまでもない。

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