第39話 シチナ・ランプロス⑯
オーウェンが部屋を出たのは、侍女たちが彼を探し出した後だった。見つからなければ、死ぬまでそこにいたのかもしれない。
その際、鳥は侍女たちに見つかることはなかった。目覚めてからは脱出を試みているようだが、逃げられそうにない。
「ねえ、ディアン。鍵開けられない?」
二人はベランダにいる。
先ほど、ベランダに置いた空間と手元のものを繋げて、移動してきたのだ。
「やってみます」
ディアンは無詠唱で部屋の向こう側、鍵の部分だけに強風を生み出し、いとも簡単に解錠してみせた。
「……すごいわね」
「フィーネさんがやれって言ったんですからね」
窓を開け、二人は部屋の中へ入る。
「では。何から手をつけましょうか」
「日記を探したいの」
「日記、ですか?」
「ええ。探し人からの手紙でも良いんだけど、あの様子だと届いていないでしょうし」
見知らぬ男性からシチナ宛の手紙が屋敷に届いたとしても、彼女が目を通す前にその場で破り捨てられていそうだ。
「……そうですね」
二人は手分けして日記を探すことにした。
部屋はシチナが亡くなった後片付けられてはいないようで、暮らした痕跡がそこかしこに残っている。枯れた花が花瓶に生けてあったり、暖炉の灰がそのままになっているのがその例だ。
目的の物は、またもやすぐに見つかった。
「あったわよ」
「良かったです」
ディアンが近くまで来たことを確認してから、フィーネは日記を開く。
「これは、結婚してからの日記ですかね」
「うーん、これは振り出しに戻ったかしら」
一ページ目には、結婚一日目のことについて書かれていた。
探し人は結婚前に出会った人であるはずなので、この日記はあまり意味がないだろう。
「他に日記があるか探してみます。フィーネさんは読んでてください」
「ありがとう」
読んでいくと、シチナの結婚後の生活が分かってくる。
外に出掛けるときは、必ずオーウェンと共に行かなければならない。ここまでは理解できた。しかし、社交界に出ることも禁じられ、男性の使用人との接触さえも叱られる、となったところで彼女は卒倒しそうになった。
「つらい記憶には蓋をするものなのね」
結婚後はさぞ窮屈な生活だっただろう。愛の形は様々にしろ、シチナはそれで良かったのか。
「あら、これは何かしら」
『今日は寝る前に暖炉に火を焚かれそうになって焦ったわ。私は寒くても大丈夫なのに、みんな心配性ね』
昨年の冬に書かれた一節だ。
「ねえ、ディアン。王都の冬は寒いのかしら?」
「そうですね。でも雪はたまにしか降りませんよ」
「そうなの?」
フィーネの住む森は、毎年のように雪が降る。雪の美しさを堪能することは彼女の嗜好に合うが、寒さには弱いため、毎回複雑な気持ちになるのだった。
「じゃあ矛盾はない……?」
フィーネが首をかしげているのを見て、ディアンは彼女の元へ歩く。
「どうしました?」
「これ、どう思う?」
問題の一節に目を通すと、ディアンは言った。
「さすがに火は焚きたくなります。しかも夜ならなおさらです」
「そうよねえ……?」
ディアンは何気なく暖炉を眺める。
そして、気付いたことをまた何気なく話した。
「フィーネさん、使ってないのに灰が溜まってるって、おかしいですよね?」
フィーネはそれを聞いて確信する。
「……掘り返しましょう」
「! はい」
ディアンも気付き、暖炉に駆け寄ると、手を前へ突き出す。
「フィーネさん、少し離れていてください」
忠告しつつ、ディアンは小さな竜巻を作る。すると、暖炉に積もった灰が吸い込まれていった。
全て吸い込み終わると、一冊の本が姿を現す。フィーネはその本を手に取ると、すぐに暖炉から離れた。彼女が十分に距離を取った後、ディアンは集めた灰を暖炉へ戻した。
「ありがとう」
「いえ」
ディアンはフィーネに近付き、本に付いた少量の灰を取り払う。
フィーネは本を開いた。
「……当たりね」
本は日記であった。シチナの結婚前に書かれたものだ。聖属性である保護魔法がかけられており、それほど劣化はしていない。
先ほど見た結婚後の物より、楽しげな内容が多かった。
素早く目を通しつつ、それらしい記載を探す。
「あった」
『今日はお父様の視察に動向したわ。カリッドは熱が出て行けなかったんだけど、置いて行くのは久しぶりで。こんなこと言っちゃダメね、でも、楽しかった。日記だから許されるかしら?』
五十年ほど前の日付だった。
『今日は、ある男性に出会ったの。コーディ・マリクさん。茶髪に茶色の瞳で、どこにでもいそうな方なんだけれど。でも、とっても優しいのよ。』
「フィーネさん、特徴と合致しています」
「そうね」
『今日はコーディさんに案内してもらったわ。森に近いところで小鹿が罠にかかっていたの。なのに、彼は逃がしてしまったのよ。小鹿は食べる部分が少ないからって言っていたけど、要は子供は捕まえるべきではないってことよね。そのあと色んな人に怒られてたっけ。』
その後何日か、コーディとの出来事についての記載が続いている。
『明日が視察最後の日。明後日は早朝にここを出発しなければいけない。……寂しいわ。でも、明日は夜にコーディさんと約束をしているの。楽しみね。でもやっぱり、寂しい……』
『帰りたくない。』
その後、記述はない。
「ディアン、これ持って」
「はい」
日記をディアンに渡すと、窓を閉め施錠もした。その後、ゲートを展開する。
フィーネはディアンの背後に回った。
「……」
「どうしたのよ。早く」
ディアンは怪訝な目付きでフィーネを見る。
「なんか、怪しいです」
「いいから!」
フィーネはディアンの背中をぐいぐい押す。
彼は納得していなかったが、諦めて先にゲートをくぐった。
「ごめんなさいね」
すぐさまフィーネはゲートを閉じ、新たに場所を指定する。そして、ゲートに入った。
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