第38話 シチナ・ランプロス⑮
王都にあるライトン邸は、伯爵の屋敷であるにも関わらず、フォルシュリッドのものと大きさがほぼ変わらない。相当の金持ちなのだろうか。
「だからか……」
ディアンが何かに納得したように、ため息をついた。
「どうしたの?」
「ライトンの三男は、僕と同期なんです。僕がまだ一介の騎士だった頃はすごかったな、と」
ディアンは遠い目をした。
フィーネは察した。
金持ちなのを鼻にかけ、爵位が上の者に対しても態度が大きかったのだろう。しかし、そんなものは人間性の問題である。爵位が高かろうと金持ちだろうと、謙虚な人は謙虚だ。
実を言えば、フォルシュリッド家は屋敷に金を使わず、領地をより良くするため、などの他の重要なことに使っている。人間性も、爵位に表れるものなのだろうか。
「昇進してからは会う機会もなくなりましたが」
「良かったわね」
ディアンは屋敷を見上げていた顔を下げ、フィーネを見る。
「それで、どうするんですか?」
ディアンの疑問に答えるべく、彼女は手を出した。
「ジェネレイト」
フィーネは箱を作り、透明にする。
「これを飛ばして探すの」
箱はフィーネの手から離れ、宙に浮いた。
「飛ばしながら覗くってことですね?」
「ええ。カーテンが開いてればいいんだけど」
いつの間にかもう一つ箱が出来ており、二つの箱はすでに繋がっていた。
フィーネは浮いている箱を屋敷の方へ動かした。
一番手前の部屋の窓際まで動かすと、手元の箱にも映し出される。
「ここは女性の部屋ね」
「そうですね」
(またこの作業……。時間がかかるわね……)
探し始めて、すぐに見つかった。
「あ、この方がオーウェン卿ではないですか?」
「年齢的にはそうね」
白髪の老人が、イスに腰かけ頭を抱えていた。
「探している人の特徴は、茶髪、茶色の瞳、しっかりとした体。……体つきは細いけど、年齢と共に変化するから。ヒントにはならないけど」
「髪も白髪になっていて分かりませんね」
瞳を確認したかったが、窓が閉まっており空間をこれ以上近づけることができない。
その時だった。
「! ……びっくりした」
「鳥、ですね」
何かが箱のすぐ上を通り過ぎ、窓に激突したのだ。
フィーネの手元にある箱にも突然映り込み、二人は静かに驚いた。
ベランダに横たわるそれを注意深く見れば、町や森、どこにでもいる種の鳥であった。
「あ、こっちに来るわ」
その音に気が付いた部屋の老人が、窓に近づいてくる。
「……残念」
「深い緑、か」
老人の瞳は、ディアンの言う通り深い緑であった。オーウェンは、探し人ではなかった。
窓の方にある空間を消そうとした時、オーウェンの声が聞こえてきた。フィーネは少し待つことにする。
「君は、シチナかい……?」
オーウェンは憔悴しきっていた。体が痩せ細っている理由は、何日も食事を口にしていないから、なのかもしれない。
彼は窓を開け、両手で鳥を優しく持ち上げる。
鳥は窓にぶつかった衝撃で、未だ気を失っていた。もう少しすれば、意識を取り戻し羽ばたけるようになるだろう。
「そうだろう? 白金の髪に、黒い瞳。……ああ、生まれ変わって、会いに来てくれたんだね」
オーウェンは鳥を手にしたまま部屋へ戻る。窓は開けたままだ。
「シチナ、君の部屋に行こう」
そう言うと、部屋のドアを開けて廊下に出ていく。
「フィーネさん、オーウェン卿を追えばシチナさんの部屋の場所が分かります」
「ええ。でも屋敷の中で空間を動かすことはできないわ。視界から外れてしまうもの」
「ではまた外から探しましょう。オーウェン卿は左に向かいました」
左で良かった、とフィーネは思う。右に行くより部屋数が少ないからだ。
「あ、止めてください。いました」
フィーネは空間を動かすことに注力し、ディアンがオーウェンの姿を探す。数部屋のところで、ディアンはオーウェンが作業をしている姿を見つけた。
オーウェンは何かを言っているようだが、窓が閉まっているため聞こえない。
「……君が男爵家の出で良かったよ。だから、僕は君と結婚が出来たんだ。どんなに美しくとも、男爵家、しかももうすぐ没落するであろう家の令嬢とは、政略的に考えると婚姻は結びたくないからね。誰にも目を向けられなかった」
ディアンは、オーウェンの唇の動きから発話の内容を読み取り、声に出した。
「それに、今君が来てくれたのも幸運だ。もう少しで禁忌に手を出す、ところ…………」
ディアンはしまった、という顔をする。
「ありがとね。大丈夫よ」
「はい。すみません」
オーウェンはシチナの部屋にあった鳥かごに、その鳥を入れた。もう、大空を羽ばたくことはできない。
「オーウェンさんが部屋から出たら、今度は私たちがお邪魔させてもらいましょう」
「分かりました」
カリッドも、妻のために禁忌に触れた。
「みんな、狂ってる」
フィーネは、意図せずその言葉を口にした。
その『みんな』には僕も含まれると思います、とディアンは彼女の横顔を見つめながら、心の中でつぶやいた。
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