第37話 シチナ・ランプロス⑭
「どうですか?」
昼前。フィーネとシチナは、一階のダイニングにて話をしていた。シチナにはランプロス家の人間の名前、関係性を伝え終わっている。
ディアンは昨日の話の通り、フォルシュリッド邸へ送り届けた。彼の部屋に設置した空間を繋ぎ、ゲートへ変える。いつもの方法だ。
「そうねえ。カリッドにジーナ、デリック、ジェイン……」
復唱するも、良い反応は見られない。
「ごめんなさい。思い出せないわ」
「いえ、大丈夫ですよ。では、オーウェン・ライトン、という名に覚えはありますか?」
「うーん……」
シチナの反応を見て、フィーネはオーウェンを憐れに思った。
「ごめんなさい。本当に、お役に立てなくて……」
消え入りそうな声で、フィーネに謝罪をする。
「いえ! 本当に大丈夫ですよ! シチナさんのせいではありませんから。頭を上げてください」
シチナはフィーネの言葉で姿勢を正した。
「……その、オーウェンさん? というのはどなたなの?」
手を頬に当てながら首をかしげる。
「シチナさんの旦那さんです」
「だ、旦那さん……?」
シチナは、生涯を共にした夫すら覚えていない自分に驚いている。
「はい。シチナさんの記憶の男性が、その人であるかもしれません。なので、その男性の特徴を詳しく教えていただきたいです」
そう言われ、彼女は少し考える。そして、ゆっくりと話し始めた。
「茶色の髪の毛と瞳、しっかりとした体をしているわ。それから、優しい顔で笑っているの」
シチナからは自然と笑みがこぼれていた。
「服装などはどうでしたか?」
「動きやすそうな服を着ているわね。あ、でも厚着をしているわ」
「……平民…………」
フィーネはシチナに聞こえない程の小さな声で呟いた。
(目的の人は、貴族ではないってこと? それともお忍びで街に行ったから、変装してるとか?)
「ありがとうございます。オーウェンさんの容姿が一致するか、これから確認してきますね」
フィーネは笑顔を作る。
「ありがとう。よろしくね」
* * *
「ディアン、これからライトン邸に向かうけど。……どうかしたの?」
フィーネは、フォルシュリッド邸のディアンの部屋に来た。フードを脱ぐと立ったまま机に向かうディアンに話しかける。彼女の声に、彼は静かに振り返った。
「フィーネさん、カリッド・ランプロスは死んだのですか」
ディアンの手には、一通の手紙と一枚の新聞紙があった。手紙は机に置かれていたもので、新聞紙はゲラーデの読み終わったものを侍女からもらったのだ。
ディアンがいつの間にか帰っていたため、侍女は驚いていた。
フィーネは、言っていなかったかしら、と昨日の記憶を辿る。
「ええ。死んだわね」
「いつです?」
「昨日の夜、私が帰る直前よ」
「そうですか」
ディアンはフィーネを疑っているわけではない。ただ、彼女に危険がなかったのかを確認したかったのだ。
「見せて」
ディアンは差し出された彼女の綺麗な手に、手紙と新聞紙をそっと乗せる。
大々的ではないものの、新聞の一面に記載があった。男爵と言えども貴族は貴族だ。乗せることで多少は金になるのだろう。いつもは買わない平民、それだけでなく、これまたいつもは買わない貴族も手を出すはずだ。情報はあるに越したことはないのだから。
ということは、シチナの時も新聞に乗っていたのではないだろうか。普段、ディアンは新聞から情報を取り入れることはしないようだ。騎士団寮には新聞が届かないのかもしれない。
それにしても、ゲラーデは町で売り捌かれる新聞をどのようにこの早さで手に入れているのだろうか。新聞は各家庭に配達されることはなく、入手経路は町で決まったところに立っている者から買うのみだ。
(使用人に買い物を頼んでいるのかも)
新聞には、カリッドの死、その一点しか書かれていなかった。死因や場所などは公開されていない。フィーネはすぐに新聞をディアンへ渡し、手紙を確認する。
手紙の差出人は、ジェインだった。封筒も便箋も高価な物なのだろう。デザインはもとより、微かに花の匂いもする。
(すっかり懐かれてるわね)
下級貴族である男爵家の娘が、上級貴族に手紙を出す。普通の男爵家令嬢にはできない芸当だ。ジェインの肝は据わりすぎている。
手紙にはこう書かれていた。
『おじいさまが亡くなりました。心が引き裂かれるような思いです。』
短い文章であった。急いで書いたのだろう。
手紙などの小さな荷物は、距離によって誤差はあるものの、魔法や動物たちの働きによって素早い配達が可能である。近くであれば、朝に出してもこの時間には問題なく届いているだろう。
しかし、先日訪ねたのは王都ではなく領地の屋敷である。ここ、王都のフォルシュリッド邸からは遠い。どのような手段を使ったのか、フィーネにも分からなかったが、その執念だけは感じ取れた。
一方、ディアンは手紙をただの情報源と認識している様子であり、フィーネはジェインを不憫に思った。
フィーネは手紙を返し、ベッドまで歩く。そして、躊躇なく腰かけた。
「死んだ、ということにしたのね」
窓の方を眺めながら、つぶやく。
彼女の唇が微かに動くだけでも、誰もが視線を釘付けにされるだろう。窓から差す光が、さらに美しさに拍車をかけた。
「…………。あ、すみません。もう一度お願いします」
彼女の美しさに見惚れており、彼はしばらく呆けていた。
「ううん、何でもないの」
カリッドの死体は残らなかった。よって、部屋を見ても彼がいなくなったことしか分からない。失踪したと考える方が無難であるだろう。しかし、彼の息子は死んだと言った。捜索をするでもなく、そう言ったのだ。
「じゃあ、ライトン邸に行きましょうか」
ベッドから立ち上がり、ディアンを見る。
「今からですか?」
「そうよ」
彼女はディアンの問いに、うなずきながら答えた。
「夜ではなく?」
「ええ。とりあえずオーウェンさんの姿を確認しに行くだけだから。前にライトン邸には行ったことあったみたいだし」
フィーネは無詠唱で空間を作り出すと、目的地に置いてあるものと繋げる。映し出された風景は邸の外であり、人目につかないような場所だった。
「分かりました。行きましょう」
ゲートを作り、入りかけたところで、フィーネはディアンの方へ振り向いた。
「ねえ、ディアンはオーウェンさんを見たことないの?」
「……すみません」
予想通りの返答だった。
「一応聞いただけだから。そんなに反省しないで」
フィーネはフォローを入れた後、ゲートへ歩いた。
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