第36話 シチナ・ランプロス⑬
「ただいまー」
ゲートはフィーネの自室に繋いでいた。声を出しながらドアを開け、ディアンの待つリビングへ行く。
「フィーネさん……! お帰りなさい」
ドアが少し動いた瞬間、すなわち声が聞こえた瞬間にディアンはイスから立ち上がっていた。
「ただいま」
ディアンはほっとして、力が抜けた。イスに勢いよく座る。
「収穫があって良かったわ。次はライトン邸に行かないとね」
言いながら、フィーネももう一つのイスに座った。
「そうですけど。そうなんですけど」
彼の机の上に載っている左手は、力が入り握りこぶしを作っている。
「けど?」
「なぜ途中から見せてくれなかったんですか?」
「ごめんね。ちょっと不注意で」
「何ですかそれ。誤魔化さないで下さい」
フィーネが乗って移動した空間と、ディアンが持っている空間は、繋がっていた。カリッドの動きや言葉から、何か気付けることがあれば、ということである。
ディアンは、空間に映像が映らなくなってから、彼女のことが心配で風魔法でランプロス邸まで行こうとも考えていた。
禁忌魔法を使ったと、バレたのではないか。そして、何か危険に巻き込まれたのでは――。
しかし、そこまで考えたとしても、ディアンは待つことしかできない。フィーネに『待っていろ』と言われたからだ。彼女の言葉を裏切ることは、彼にはできない。
「……依頼を言われてね。あなたに見せたくなかったの」
本心だった。あのような醜いところは、ディアンには隠しておきたかった。
「……そうですか」
ディアンはそれ以上は何も言わなかった。
「よし、じゃあこの話はおしまいね」
フィーネは立ち上がり、小さなキッチンへと向かう。
「ねえ、ディアン。禁断のあれ、付き合ってくれない?」
挑戦的な笑みで、彼を誘う。
「僕、一応騎士ですけど」
「いいじゃない、たまには」
そう言って出したのは缶箱だ。蓋を開け、中身を見せる。
「!」
中身はクッキーだった。フィーネはすでにお湯を沸かし始めており、彼女の本気度が窺える。
「分かりましたよ」
しぶしぶに見えるが、実はディアンも楽しみだったりする。フィーネがたまに作る菓子類が彼の好物だ。
ディアンは立ち上がり、クッキーを机に運ぶ。
フィーネも紅茶ができ次第、二つのカップを持って戻ってきた。
「ありがとうございます」
「いーえ」
フィーネはカップを、ディアンはクッキーを手に取り、口に運ぶ。
「んー、美味しい。罪悪感すごいけど、たまにはね」
「そうですね」
その後も、二人は互いに好物に手を伸ばす割合が多かった。
「フィーネさん。ライトン邸に行くって言ってましたよね?」
しばらくして、ディアンが話し出す。
「ええ、言ったわね。でも、まずはシチナさんと話をするわ。記憶が戻るかもしれないし」
「なら、ライトン邸に行く前、フィーネさんがシチナさんと話をしている間、フォルシュリッドの屋敷に送っていただけませんか」
「良いけど……。どうしたの?」
ディアンは実家に帰りたがらない性分である。どうしたと言うのだろうか。
「いえ。何もありませんが、騎士団から何か連絡が送られていたらまずいと思いまして」
「……?」
団長など、何かしら役職があれば緊急時に呼び出されることもあるだろう。しかし、一介の騎士は戦争ほどの大きな事が起こらない限り、それはないと考えてよい。ディアンはまだ一介の騎士であったはずだ。
「あれ、言ってませんでしたか? 僕、第二部隊副隊長になりましたよ」
彼は平然と言ってのける。
「え?! 言われてないわよ! そういうことは早く言いなさい!」
フィーネは夜にも関わらず大声を上げた。勢い余って立ち上がってもいる。
騎士団及び魔法師団は、十人ほどで構成された班が数多くあり、班がいくつも集まり隊が九つできる。そして、第九まである隊が全て集まって団となる。
団長を最高指揮官とし、下に行くほど、ただの駒となってしまうのだ。
ディアンは成人十六歳で入団した。これは、貴族の通う王立学校で剣術を専攻したものなら、普通の事である。卒業と共に入団するものが多いのだ。
騎士団の出世は、早くても二十代後半で班長レベルだ。二十一歳の副隊長というのは、異例の早さと言えるだろう。
フィーネは少し恥ずかしそうにイスに座った。
「とにかくおめでとう。本当に。すごいじゃない」
「ありがとうございます」
ディアンは最後の一枚のクッキーを手に取った。
「フィーネさんの作るパイが食べたいです」
ディアンは祝いを求めた。フィーネも尋ねようと思っていたところだった。
「良いわよ。今の旬は……、あ、今回はレモンで作ってみようかしら」
「楽しみです」
二人は片付けをした後、それぞれ自室で睡眠を取った。
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