第35話 シチナ・ランプロス⑫

「理由をお聞かせ願います」


 カリッドは下を向いて話し出す。


「私は、この世で最も罪深いことをしてしまいました」


(最も、罪深い……)


「妻のジーナを生き返らせるために、禁忌に手を出しました」


 フィーネは真顔で聞いている。


「禁忌に手を出した時点で、私は裁かれるべきでした。ですが、家族がどうにか罪を隠蔽して……。私がまた禁忌に触れないようにと、家族はここにいるように言いました。……いや、言ってくれました。そのため、こうして部屋に籠っているのです」


 ここで、フィーネの疑問が解消された。なぜカリッドは、ずっとここにいるのだろう。一日中部屋から出ずに、生きているのか。病気かと考えていたが、会話している限りそのような様子は見えてこない。


 その答えは、妻を愛しすぎるがゆえに暴走したカリッドを止めるため、ランプロス一家は彼をここに閉じ込めていた、ということだったのだ。カリッドに知らせるべきだと判断した数少ない情報は、手紙に書いて渡していたのだろう。よく見れば、机の上に手紙がいくつも置かれている。


 誰がこの事実を知っているのか。現当主のデリックは知っているのだろうが、その嫁はどうなのか。

 フィーネは、ジェインに関してはこの疑いをかけなかった。ディアンが箱のことを誤魔化したとき、彼女は禁忌魔法に対してごく一般的な恐怖を抱いていたからだ。


 ランプロス家がこの対応を取ったのは、カリッドを愛していたからか、はたまた家の名を守るためか……。


「あの時の私は、どうかしていました。妻が死んだ悲しみから、狂っていたのです。妻ともう一度会うために、もう一度共に暮らすために」


 言葉から推測すると、彼の思惑は失敗したのだろう。


「そして、ここで過ごすうちに、考えが変わったのです。彼女を生き返らせるのではなく」


 一呼吸置いて、彼は言い放つ。


「私が死ねば良い」


 フィーネは彼を見据えた。


「それが、理由でしょうか」


「はい」


 カリッドは、希望に満ちた目でフィーネを見ている。


「禁忌を犯して、さらには死にたいとおっしゃるのですか」


 最初から、フィーネは感じ取っていた。カリッドが何らかの形で、禁忌に触れてしまっていたことを。


「禁忌に触れてなお、ご自分の願いを叶えようと?」


 笑みを崩さず言うが、込められているのは呆れだった。カリッドは怯んだ。


「あなたに禁忌魔法をかけたのは、誰ですか」


「え? 誰、か? ……かけた?」


 覚えていないようだった。記憶を消されているのだろう。


「覚えてなくても大丈夫ですよ。では、どういう魔法だったのか、教えてください」


「どういう……? それは、妻を生き返らせる魔法です。禁忌に触れる代わりに」


 何も知らない様子だった。フィーネは憐れに思った後、知らない方が彼にとっては救いなのかもしれない、と思い直す。


「……そうですか。それと、心配しなくとも、あなたはそろそろ死にます」


 しかし、彼女は伝える。


「ほ、本当ですか……!」


 嬉しそうに、声を弾ませるカリッド。


「あなたは禁忌魔法を使ったのではなく、使われているのです」


「……ど、どういうことでしょうか?」


 彼の眉がピクリと動く。


「あなたは、『生』を奪われています。何年も前にかけられた魔法によって、じわじわと」


 カリッドの顔から、絶望が伝わる。


「騙されましたね」


 この一言で、カリッドはフィーネに嘲笑されているのだと思い込んだ。


「な、何を言っている! 魔法を使ったのは私だぞ!」


 カリッドは立ち上がって、怒りに任せてフィーネの元へ歩く。


「私は! 妻を! ジーナを生き返らせるために! ……え?」


「あら、思ったよりも早かったわね」


 カリッドはフィーネの数歩前で、膝をついた。彼は、長年歩くことをしなかったために、足が動かなかったのだと思った。


 しかし、そうではなかった。おかしい。感覚がない。


 カリッドは下を見る。


「……はっ、はっ…………!」


 カリッドは、絶望で息が上手く吸えなかった。


 膝から下が、ない。

 さらに、足からだんだんと上に向かって、砂のように体が崩れていく。


「な……、こ、これ、は……?」


 カリッドは懇願するように、フィーネを見上げる。もうすでに首の方まで崩れており、うつ伏せの状態で目玉だけ動かしている。


 フィーネはしゃがんで、カリッドにその美しい顔を見せる。


「…………!」


 姉より美しい顔がこの世に存在することに、彼は驚き息を飲んだ。


「禁忌魔法を使うなら、何かしらの代償がいるものよ」


 カリッドの体は、最後にフィーネの美しい顔を見て、消え去ったのだった。

 着ていた服は、その場に残っている。


「まあ、今回はただ単に、あの人に『生』を吸い尽くされただけなんだけど」


 立ち上がりながら、誰に聞かせるでもなく呟く。


 フィーネは、禁忌である生魔法を使う者を想像した。しかし、実際に会ったことはないため、空想の域を出るものではなかった。


「シチナさんの会いたい人が、あなたじゃなくて良かった」


 残った魂は、その場で浮遊している。時折、フィーネに助けを求めるかのように、まとわりついてきた。


「やめて。階段を登る足がないのよ。あなたはもう向こうへは帰れないわ」


 ベランダの向こうには、黄金に輝く階段が続いている。

 しかし、魂には登るための足がない。


 禁忌魔法により命を落としたものは、死ぬ時に体が崩れ去る。そのため、魂は体を模倣することができないのだ。


「あなたは、何をしたの?」


 どうせ壊れる魂だ。調べても意味がない。

 そして、ここに長く滞在をする意味もないだろう。


 フィーネは箱を作ると、ゲートを展開し家に帰った。



 彼の机には、小さな肖像画が二枚置いてある。一枚はシチナの若い頃、結婚前に描かれた絵。そしてもう一枚は、シチナとよく似たカリッドの妻のものだった。

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