第32話 シチナ・ランプロス⑨

 夜になった。これからはフィーネの仕事の時間である。


 ディアンは疲れて寝てしまった。体力はあるはずだが、今日はいつもは大量消費する機会のない魔力をたくさん使い、女性の相手もして精神的にも疲れてしまったのだろう。


 ディアンには申し訳ない、と思いつつ、潜入してもらっている間、フィーネはフォルシュリット邸で食事をしていた。ちゃっかり食材ももらっている。ディアンに説明したあの食材は街で買ったわけではなかった。


 だが決してそれ目的で行ったのではない。ちゃんとした話があったのだ。


「行ってくるわ。留守番よろしくね、ディアン」


 ここはフィーネの自室であるため返事が返ってくることは絶対にないが、口に出したくなったらしい。彼女は小声で言った。


「ジェネレイト」


 いつもの空間を作り、


「コネクト」


 繋げたい空間が設置されている場所を想像しながら、呪文を唱える。


「よし」


 空中に浮かせ、大きさを変化させる。


「お邪魔しまーす。……夜はまだ冷えるのね」


 フィーネはランプロス邸に侵入した。

 これはディアンが嘘で侵入したのよりたちが悪いなあ、などと考えたが、彼女のこれはもうれっきとした犯罪行為だった。


 家に侵入することなど、もう彼女は慣れている。それ故に罪悪感よりも、気温の変化の感想を口にした。彼女はほとんど家に籠っているため、驚いたのだ。


(この前の依頼もこんな感じだったかしら)


 死んだ人間の最後の願いは、大切な人にもう一度会いたい、というものが多い。そして、今回のように依頼人の記憶が曖昧だった場合、フィーネはその大切な人を少ない情報から探し出さねばならないのだ。彼女はそのような依頼の度に人探しをしている、と言っても過言ではない。


 しかし、貴族の家に侵入する必要のある依頼、これがこのような頻度で舞い込むことはあまりない。


「おお」


 小さく感嘆の声を漏らす。手入れの行き届いた、きれいな屋敷だ。

 ディアンが持っていた空間の箱から時々覗いて、事前に把握はしていたが、やはり直接見るのとでは違った。


「あ、いけない」


 忘れるところだった。

 ディアンが設置してくれた空間を手に取り、透明化させる。そして、元の位置に戻した。


「さて」


 カリッドはここにいるのだろうか。

 ゲラーデが言うには、ランプロス家はここの他にもう一つしか屋敷は持っていないようだった。

 とりあえず、カリッドが見つかれば話は早いが、いないのならこの家に関する資料でも良い。

 ディアンの努力に報いるためにも、なにかは掴みたかった。


 ここは応接室を出てすぐの廊下だろう。

 部屋の中にワープしてしまうと、周りの状況が分からないまま一か八かで扉を開けねばならない。しかも出るときに音が鳴り、気付かれる危険性がある。

 空間設置の候補地としては、見通しの良い場所、かつ人気のないところが良い。これはあくまでフィーネの好みだが。

 ディアンはいい場所選んだ。

 

 光源は月明かりのみ。暗いが、カリッドの探しやすさとフィーネの見つかりずらさを天秤にかけたとき、彼女は安全をとる。


「あとは私の勘ね」


 緊急脱出用に、片手に空間の箱を作ってから探し始めることにする。

 箱と言っても、今回は球型。きちんと透明化もさせた。


 作戦決行だ。




* * *




「はあ」


 ここも違う。

 かれこれ三十分は覗き行為を続けている。

 毎回慎重に扉を開くので、精神的にきていた。


(またこの作業……。大変なのよね)


 ジェインお嬢様が寝ている部屋を開けてしまったときは冷や汗が止まらなかった。

 その後も勘が外れ続け、当主夫妻それぞれの寝所も特定できてしまった。

 今後、誰かが一人で寝ている部屋があれば、それがカリッドということになる。


(ゲラーデはシチナさんの名前を出さなかったけど……、シチナさんとカリッドは何かしらで関係があるはず)


 フィーネの目的はカリッドだ。だが話をするわけではない。部屋にシチナの肖像画はないか、など痕跡を探すのだ。カリッドが不在のときに部屋を探索させてもらおう、とフィーネは考えている。

 

 話すのが一番手っ取り早いとは思うが、もしフィーネが正式に連絡をしたとしても、取り合ってもらえる身分ではない。

 かといって、伯爵家次男であるディアンが突然カリッドやシチナの名前を出しても怪しまれるだけだ。


 というわけで、こんな回りくどいことをしているのである。本当なら武力行使で一発……、と浮かんできてフィーネは頭を振る。



 ずいぶんと奥まで来てしまった。いい加減正解の部屋を引きたい。


「お願い......!」


 扉を少しだけ開け、中を確認する。


「っ!?」


 誰かがベッドに座っており、月明かりに照らされて扉の方まで影が伸びていた。

 こんなに遅い時間に寝ていないとは。『私が来ることを予知された......?』とフィーネあり得ない想像までした。


 すぐに扉を閉じたい衝動に駆られたが、それを押さえ込み、部屋に球を転がすことに成功した。

 そのあと、気付かれないよう扉を閉めて、ミッションコンプリート。


 フィーネは心の中でガッツポーズをし、足早にその場を去った。

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