第30話 シチナ・ランプロス⑦

「少しお待ちください」


「はい」


 ディアンは応接室へ通され、ジェインとお茶を待っている。


 ここまで歩く際、怪しまれない程度に屋敷を観察したが、箱を設置するのに最適な場所は見つけられなかった。


 箱はどこに置くべきか。透明化していないこの箱を隠すにはどうしたら良いのだろう。片手に収まる大きさではあるが、隠すとなるとこの大きさは巨大な部類なのではないか……? などと意味の分からないところまで考えてしまったため、思考を止めた。


「お待たせしました」


 侍女がお茶と茶菓子を持ってやってきた。

 朝から何も食べていない腹が鳴りそうになるが、彼は気力で抑えた。


「どうぞ、お召し上がりください」


 出されたのはショートケーキとストレートティー。


「……とても美味しいです」


 甘いケーキと砂糖の入っていない紅茶は、相性が良い。


「良かったです」


 彼女は安堵の表情を見せた。

 

 しばらくディアンとジェインが談笑していると、ガチャ、と突然ドアが開いた。


「ディアン卿! 本日はお越しいただき、ありがとうございます」


 ゲラーデと同じくらいの年齢の男性だった。

 彼はジェインの父親で、現当主のデリック・ランプロスだ。


 ディアンとジェインは慌てて立ち上がった。


「お、お父様。ノックもしないなんて。あまり慌てないで下さい」


「はっ! も、申し訳ございません。あ、あの、今日はどういったご用で……?」


「ディアン卿は、ちょっとした事故でうちにお入りになってしまっただけです」


「え、ええ、そうなんです。大変申し訳ございませんでした」


「そんな! お顔を上げてください!」


(……このくだり、さっきもやったな)




* * *




「今日は本当にありがとうございました」


「いえ! いつでもお越しになってくださいね」


「は、はい」


 ジェインに見送られ、ディアンはランプロス邸を後にした。そして、フィーネがいそうな場所に移動する。


「あ、お疲れ様! ごめんなさいね、ディアン」


 フィーネはディアンの予想通りの場所にいた。


(……なんか元気になってるな)


 こんなに大変な任務を遂行している間、フィーネさんは家に帰って休んでいたのだろう。そして、頃合いを見てこっちに戻って来たんだな、とディアンは考えた。


「はあ……。最善の選択だったとは思います。でもなんか一言下さいよ」


「ご、ごめんてば」


 一応悪いとは思っているらしかった。


「それにしても、ディアンがお茶飲んで来るとは思わなかったわ。……ジェインちゃん可哀想ね…………」


 最後の方の言葉は小さく、ディアンには聞こえなかった。


「何て言いました?」


「なんでもないわよ。じゃあ、帰りましょうか」


「え、買い物は良いんですか」


「ええ、終わらせてきたわ」


 フィーネは空いた両手を見せた。買った物を家に置いてきたことも伝えたかったのだろう。


 ディアンは、少し項垂れる。フィーネとの買い物を密かに楽しみにしていたのだ。


「じゃ、そういうことだから。ね?」


 嫌な予感がした。彼の予感はよく当たる。


「……なにで帰ります……?」


 少し怯えたようなディアンに気付かず、フィーネは笑顔で答えた。


「もちろん、馬車よ!」


「あの……体、痛くなるんですよね……?」


「あの疾走感をもう一回味わいたいの」


「そう、ですか」


(もう一仕事、頑張れ、僕)


 自分を鼓舞し、ディアンはもう一走り、全力で魔法を使うのだった。

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