第29話 シチナ・ランプロス⑥

(油断していたとはいえ、女性の力に負けるとは)


 鍛練不足か、ただ単にフィーネさんの力がつよ……とまで考えたところで、ディアンは思考を止めた。


 次に、何でこんなことをしたのだろうか、と彼は文句ではなく彼女の行動理由を探し始める。

 うつ伏せの状態から起き上がり、地面に座った。

 

 その疑問はすぐに解消される。


「ん?」


 座ったところに何かがあったようだ。

 手探りで確認する。

 

「ああ」

 

 それはフィーネが作り出し、投げ入れたあの箱だった。

 この屋敷のものを壊したわけではないことに安堵する。

 

 周りの様子を伺うために、ディアンは目線を少し先の方へ送った。

 

「あ……」


 情けない声を上げてしまった。でも許してほしい、と彼は誰に聞かせるでもなくそう願った。

 十五、六歳の女性がこちらを凝視しながら腰を抜かしていたのだ。


「……そういうことか」

 

 フィーネさんが焦っていたのは、空間魔法を彼女に見られてしまったから、そんなところだろう、と彼は正解を導き出した。


(透明にし忘れるなんて初歩的なミス過ぎる。僕もなぜ気付けなかったのか……)

 

 そして、彼女を怖がらせている理由はディアンが突然現れたから。これで間違いなかった。

 

「すみません、驚かせてしまいましたよね。大丈夫ですか……?」


「……」


 返事がなくて当然だった。


 ディアンは片膝を地面につき、挨拶をする。


「私は、王宮騎士団第二部隊所属、ディアン・フォルシュリットと申します」


「騎士……?」


「はい。先ほどは訓練の一環で、風魔法で上空を飛んでいましたところ、この箱を落としてしまったので回収しに参りました。勝手に侵入してしまったこと、驚かせてしまったこと、お詫びいたします」


 苦しい言い訳だが、これでいけるだろうか。


「で、でも、その箱から出てきたように見えました……」


(ダメか)


 だが押すしかない。


「恐れながら申し上げます。お嬢様は空から人が降ってきたので、気が動転してしまったのかと」


「そ、そうですよね。そこから人が出てくるなんて、くうか……いえ、なんでもありませんわ」


 彼女は起き上がり、ドレスに付いた土を払った。


「私はジェイン・ランプロスと申します」


 ジェインは挨拶とともにお辞儀をした。

 ディアンはそれを見て、フィーネのカーテシーを思い出す。あれに勝るものはないだろう、と彼は思った。


「……ところで先ほど、ディアン・フォルシュリット様とおっしゃいましたか……?」


「はい、そうです」


 ディアンがそう答えると、ジェインは血相を変えた。


(だから嫌なんだ、名乗るのは……)


「た、大変失礼いたしました。ご無礼をお許し下さい」


「いえ、貴方が謝ることではありません。全て僕の注意不足です。申し訳ございません」


「お顔を上げてください! 私はそのような身分ではございません!」


 こちらに非があるのは本当なのに、ジェインが謝る。この光景は、彼に貴族社会なのだということを痛感させる。

 この制度は彼の気分を悪くさせるのだ。


「では、失礼いたします」


 早々に立ち去るべく、先手を打って別れを告げた。

 しかし、そう上手くいきはしない。


「あ、あの! 差し出がましいかもしれませんが、せっかくですので、お茶をお召し上がりになっていかれませんか……?」


 貴族においての常套句だ。

 いつも通り、やんわり断ろう。


「いえ、お気遣いなさらな……」


 いや待て、とディアンは考えを変える。いつもなら断っているこの手の誘い。

 今回限りは乗る方が良いのではないか。

 屋敷に入ってこの箱を置いてきてしまえば、この後フィーネが潜入しやすくなるだろう。


「……やっぱり、いただいてから帰ることにします」


 ジェインは一瞬目を見開いたが、すぐに華やかな笑顔に戻った。


「本当ですか! すぐに準備いたします!」


 やはり迷惑だっただろうか、と彼はすぐに後悔した。

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