第23話 日常

「フィーネ、ちょっとこっちに来て」


 男はウッドデッキの方を見て、フィーネを呼んだ。


「なに?」


 ロッキングチェアに座るフィーネは、体を起こしてローテーブルにあるカップに手を伸ばしていた。しかし、男に呼ばれたため意識はそちらへと移り、自然と手を引っ込める。


 フィーネは立ち上がると、ウッドデッキ横の階段を降りて、庭の手入れをしている男の近くまで歩いた。


「見て」


 男が見せたのは、木に咲いた白い花だった。


「かわいい花ね」


「そうでしょ。レモンの花だよ」


「レモン? こんなに背の低い木だったかしら」


 フィーネの記憶しているレモンの木は、もう少し背丈があった。


「本来はもっとあるよ。これは、低くなるように育ててるんだ」


 この木は剪定をしており、普通のものより低い。管理や収穫がしやすくなっている。


「果実が採れたら、レモンティーを作ろう。ああ、そのためにレモンと合う茶葉を買わないとね」


「そうね。渋みが出ちゃうから」


「うん。それから、レモンケーキも焼こうかな」


「……酸っぱくならない?」


「蜂蜜で漬ければいいさ。酸っぱいのも美味しいだろうけどね」


 男は視線を森に動かした。


「その頃には、森の花もきれいに咲いているはずだ」


 フィーネはもうすぐ来る春の森を想像した。


「花はそこにあるだけで美しい。誰にも見られなかったとしても」


「……うん。私もそう思う」


 フィーネは微笑み、レモンの花を見つめる。この花が、たくさんの命を繋ぐのだ。


 男も優しく微笑み、隣の愛しい人を見る。


「あ、ねえ。そろそろお昼じゃない?」


 フィーネは花から顔を離し、男に話しかけた。


「そうだね。何を食べたい?」


「お肉」


「うーん、そうだな。今日は湖で釣った魚を焼こうかな」


「ちょっと、聞く意味ないじゃない」


 その日の昼ごはんは、白身魚のムニエルだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る